『姫の王子様』
ある夏の一日'09 P5

 それから息も詰まるような長い沈黙が続いたが再び話を切り出したのは雅則だった。

「先輩、彼女いるんですか?」

「そういうお前はどうなんだ?」

 何をいきなり……と拓朗は思ったが庸介と珠子のことはどうやら納得したらしいことにホッと胸を撫で下ろす。

 彼女はここのところいなかったがそれを素直に口にするのは何となく嫌で質問で切り返した。

「いますよ」

「なに!?」

「え? そこはそんなに驚くこと?」

 雅則は目を丸くして拓朗を見ると、拓朗の顔には「怒っています」と書かれている。

 今の言葉のどこに地雷があったのかと首を傾げる雅則に構わず、拓朗は膝立ちになると雅則に詰め寄って睨み付けた。

「沙希ちゃんはな……お前のような軽い男が手を出していいような子じゃないんだ。勘違いさせるようなことは今後一切口にするな!」

 普段から口の悪い拓朗を知っている雅則だったがいつもと違うことを敏感に察した。

 雅則は今までのふざけた表情を消すと怒り心頭の拓朗の顔を見上げた。

「もしかして先輩、沙希ちゃんのこと好きなんですか?」

「なんでそうなる!」

「だって、そんなに怒るってことはそうなんじゃないんですか?」

「何をバカな! 珠子の友達が悲しむようなことがあったら珠子だって悲しむだろう。俺は珠子が悲しむようなことはしたくないだけだ!」

 どんな時でも妹の珠子至上主義。

 分かっていた雅則もさすがにその徹底ぶりには感心してしまい返す言葉を見つけられなかった。

 言いたいことを言い終えた拓朗は少しだけ気持ちがスッとして余裕が出たのか、すぐ側から送られる視線に気付いて顔を上げた。

 そこにはいつからいたのか分からないが顔を強張らせた沙希が立っていた。

「あ……沙希ちゃん、お帰り」

 沙希の様子がいつもと違うことに気付かない拓朗はいつもと変わらない笑顔で出迎える。

 雅則はすぐに沙希が見せる違和感に気付き、それが何か探ろうと沙希の顔を覗き込もうとしたが横に立っている男が目に入るとすぐに立ち上がった。

「誰……?」

 明かに警戒心を露わにした雅則の声に拓朗もすぐに沙希の隣りに立っている男に気が付いた。

「あ、あの……」

 急に剣呑な雰囲気になった二人に戸惑う沙希の横で、両手にカキ氷を持った黒髪の若い男は場の雰囲気を察したのか、笑顔を引っ込めて表情を引き締めた。

 沙希は真夏の砂浜のはずが自分の周りだけ急激に温度が下るのを感じた。

「えっと……運んで頂いてありがとうございます」

「あ……いいえ。折角だから溶けないうちに食べて下さいね」

 沙希に声を掛けられてハッとした男は人当たりの良い笑顔を見せてカキ氷を沙希に手渡す。

 だが沙希の手に渡る前に拓朗と雅則が横から手を出してそれを奪った。

「何、お前……」

 威嚇する雅則の顔に普段では到底見ることの出来ない冷酷な表情が浮ぶ。

 拓朗は表情こそいつもと変わりないが視線は男を捕らえて離さない。

「あ、あの……えっと……違うんです。この人は……」

 沙希は慌てて説明しようと二人の顔を見上げた。

「じゃあ、俺はこの辺で」

 沙希が説明するよりも自分が消えた方がてっとり早いだろうと思ったのか、男が困った顔をしている沙希に申し訳なさそうな顔をして立ち去ろうとする。

「おい、待……」

 引き止めようと雅則が手を伸ばすと四人の足元にボールが飛んで来た。

 どこから飛んで来たか分からないボールに首を傾げる三人だが、立ち去ろうとする男はそのボールに見覚えでもあるのか手を伸ばした。

「すいませーん。ボール取って下さーい!」

 大きな声を出しながら駆け寄って来るのは茶色い髪をした男の子。


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