『姫の王子様』
ある夏の一日'09 P4

 真夏のビーチで女一人に男が二人。

 パラソルの下でそこそこイイ男の二人に挟まれた沙希は本人の意図とは関係なく好奇の視線を集めていた。

「あ、あの……」

「なぁに、沙希ちゃん」

「どうしたの? 沙希ちゃん」

 沙希が口を開くと両サイドから同時に返事が返ってくる。

 膝を抱いて座っていた沙希は体を小さくして俯いていたが、意を決したように顔を上げると立ち上がった。

「私……カキ氷買って来ます」

「じゃあー俺も一緒に行こっかなー」

「お前は荷物番してろ! 俺が一緒に……」

 せっかくの決意も同時に立ち上がる二人によってあっという間にくじかれそうになる。

 どうしてこんなことに……と心底困り果てた沙希は庸介によって連れ去られてしまった珠子のことを少しだけ恨めしく思った。

「一人で……行って来ます」

「ダメダメー。こんな可愛い子が一人で歩いてたら悪い男に掴まっちゃうよ? 俺が守ってあげるから、ね?」

「お前が一番危ない! 沙希ちゃん、こんな男の言うこと気にしなくていいからね」

 何かきっかけがあるとすぐに始ってしまう二人の怒鳴り合いに沙希もさすがに閉口してしまう。

 普段は目上の人に対して礼儀を欠くようなことをしない沙希だったが、さすがに我慢の限界も超えてしまい二人を振り切るように一歩踏み出すと振り返って言い放った。

「一人で行きますから! お二人とも荷物宜しくお願いします!」

 大人げない口喧嘩をしていた男二人はその迫力にポカンと口を開けて固まってしまう。

 返事がないと沙希はもう一度念を押すように「いいですね」と言うと今度はコクコクと二人同時に頷いた。

 また周りから注目を浴びてしまったけれどこれで少しは良くなるかもしれない、少し胸を撫で下ろして歩き出した沙希は数歩歩いて立ち止まった。

「お二人とも、何がいいですか?」

 振り返った沙希に笑顔で問いかけられ、今度はその可愛さに固まってしまう二人。

「カキ氷以外でもいいですけど……」

「あ……俺はいいよ。沙希ちゃん好きなの買っておいで」

「じゃあー俺はカキ氷のイチゴー」

「お前は……ほんと遠慮ねぇな……」

 元気良く手を上げて注文する雅則に呆れた拓朗はゴツンと拳を頭に振りおろす。

 大げさに頭を押さえる雅則と険悪ムードのままの拓朗に少々の不安を残しつつ沙希は海の家へ向かった。

 そして残された二人は……というと、沙希の姿が見えなくなると雅則は頭を押さえていた手を外すと腰下ろしてタバコを取り出した。

「お前さ……いい加減戻れって」

「この歳になって弟と海で遊ぶほど家は仲良しじゃないんで。そんなことより可愛い可愛いたまちゃんはいいんですか? ヨウ先輩連れてっちゃいましたよ」

 沙希がいなくなった途端、二人はよそ行きの顔を脱ぎ捨ててタバコを吸う。

 雅則の言葉にずっと気にしないでおこうとしていた珠子のことが気に掛かり、海の方へと視線をやったがこんなに遠目では見つけられそうにない。

「ヨウがいれば問題ないって言っただろ」

 それがやせ我慢なのは分かっているが、とても雅則と沙希を二人きりにはさせられない。

「すごい信用してますよねー。そういえば昔から二人っていつも一緒にいたし……もしかしてアレです? 愛を誓い合ったりしちゃってます?」

「お前……そのくだらないことを言う口を今すぐ縫ってやろうか?」

「冗談ですって! まぁ……二人とも彼女いたしそういうんではないとは思うんですけど。それにしてもヨウ先輩のこと信頼してるつーか。大学でもタク先輩のシスコンぶりは有名じゃないっすか。卒業式と入学式に出席して大泣きしたとか……たまちゃんのために合コン断るとか……、そんな人が大事なたまちゃんを託せるヨウ先輩って」

 拓朗は鋭い指摘に顔を強張らせた。

 普段は軽くてお調子者の雅則だが決していい加減な奴じゃないことは知っている、けれどほんの小さな綻びが大きな穴になることもあるかもしれない。

 大事な妹と親友が傷つくような姿は見たくない、拓朗はなるべく平静を装ってタバコを灰皿に押し付けながら話をした。

「俺と庸介はもうガキの頃から一緒で珠子にとっては庸介も兄貴なんだよ。あいつは一人っ子だし珠子のことを本当の妹みたいに可愛がってんだよ」

 少しだけ事実を捻じ曲げたが仕方ない。

 話を聞いていた雅則はタバコを消しながら「ふーん」と分かったのか分かってないのか曖昧な返事をしてきた。


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