『姫の王子様』花火 P13
「あそこ!じゃがバターあるよっ!」
三軒先の露店を指差して俺の手を引いて歩き始めた。
片手にはたった今買ったばかりの本日二本目のチョコバナナが握られている。
「まず、それ食ってからにしろ」
まるで久々に散歩に連れてって貰えた子犬のようなタマ(名前はかなりネコよりだが)を引き止める。
不満そうに振り返ったタマは立ち止まってチョコバナナに噛り付いた。
俺はようやく一息ついた。
会場に着いてからのタマは露店全制覇な勢いだった。
これじゃあ花火を見に来たのか夕飯食いに来たのか分からないとからかったがこれも楽しみなの!とまったく取り合わない。
それにしても人が増えてきたな。
花火の始まる時間が近くなって来て気をつけないと人にぶつかってしまいそうになる。
小さなタマを守るように少し横に避けた。
タマは鼻歌を歌いながら残りわずかになったチョコバナナを食べている。
すこぶるご機嫌だ。
その理由はなんとなく分かっている。
俺が変装もしていないのにヨウだとバレずにいるからだろう。
それについては俺も同じ気持ちだった。
いくら暗いとはいえこれだけ人が多いところなら数人に見つかっても良さそうなもんだがどうやらこんな所にヨウがいるわけないという先入観のが強いらしい。
それを証拠にさっき近くで視線を感じて噂話が聞こえてきたのだが。
「よく似てるけどヨウの方が格好いいって!それにヨウは一人っ子でしょ?中学生の妹なんていないし」
思わず吹き出しそうになるのを堪えながらタマに聞こえてなくて良かったと思った。
確かに俺とタマじゃいくら手を繋いでいても微笑ましい兄妹にしか見えないかもしれない。
だがタマには悪いがそれも好都合だと思った。
二人の時間を邪魔されるくらいなら周りに誤解させておいた方がよっぽどマシだ。
ボンヤリと人の往来を眺めていると袂を引っ張られているのに気が付いた。
「食べたよ!」
タマが目の前で棒を振った。
満足そうにニカッと笑いながらその目は次へ行こうと催促している。
「タマ、付いてる」
タマの唇の端にチョコレートが付いてるのに気が付いた俺は自分の唇を指差して教えた。
「えっ?ココ?」
お約束…とばかりに反対側を指でなぞっている。
まるで子供だと半ば呆れながら付いていたチョコレートを指で拭ってやった。
「ありがとっ!もったいなかったぁ〜」
そう呟いたかと思ったらタマは俺の人差し指をペロペロと舐めた。
その仕草に下半身にズンッと衝撃が走った。
おいおい…それはもう無邪気を通り越してるだろ。
少女マンガを読むくせにこういう事された男心とか分かんないのかね…。
「じゃがばたっ!じゃがばたっ!」
俺の心の動揺なんて気付くはずもないタマはそのまま俺の手を引いて歩き始めた。
暗くてほんと助かった。
俺は火照った頬を手で押さえて気付かれないようにため息をついた。
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