『姫の王子様』ある夏の一日'08 P11
「ヨウ…お前視力良かったよな?」
「あぁ…」
木陰で涼みながら拓朗が呟いた。
短く返事をした庸介は一点をジッと見つめたままだった。
二人も険しい顔をしてスライダーを滑り降りて来る黄色いゴムボードを見つめていた。
「タク見えてんの?」
「いや?でもなんか嫌な予感がする」
拓朗は第六感が働いているらしい。
庸介は「なるほどね」と頷きながら麦藁帽子を取った。
「おい…どうした?」
拓朗が声掛けたが庸介は返事もせずに服を脱ぎ始めた。
あっという間に海パン姿になった庸介は拓朗の手から浮き輪を取った。
「これ以上は無理」
「って…お前日焼けマズイんだろ?それにバレたらどーすんだよっ!」
「うるせぇっ!構ってられるか!」
吐き捨てる叫ぶ庸介は背を向けて歩き始めた。
ちょうどゴムボートが降りて来た。
見覚えのある水着姿がゴムボートから降りる前に庸介が抱き上げるのが見えた。
背の低い男の子とギャンギャン言い合いしていたが庸介は無視して歩き始めた。
「なぁにやってんだよ…」
拓朗は脱ぎ捨てた服を片付けながら溜め息を吐いた。
そして頭に麦藁帽子を乗っけると拓朗もたった今ゴムボードを降りて呆然としている子の所へ近づいた。
「沙ー希ちゃん」
大騒ぎしている太一を宥めている沙希に声を掛けた。
あんまり驚いた様子もなく沙希が振り返った。
「やっぱり来てたんですね?」
「え〜っと…沙希ちゃんにはバレバレだったかな?」
「ハイ、思ったより遅い登場だなぁと…」
「アハハ…沙希ちゃんには敵わないなぁ。まぁ珠子には楽しんで欲しかったし…これでも結構我慢したんだけど…どうかな?」
「お兄さんにしてはすっごく我慢したんじゃないですか?」
沙希がクスクス笑った。
隣に立っている太一が怪訝な顔で拓朗を睨みつけていた。
「おいっ!郡山コイツ誰だ?」
「珠子のお兄さん」
「エッ!?エェーーッ!?お、お、お兄さんでしたかっ」
太一は急にペコペコと頭を下げ始めた。
その様子に拓朗と沙希はプッと吹き出した。
「君が庸介のライバルねぇ…今回はアイツの顔を立てて見逃すけどその代わり…この子連れて行くから」
「へっ?」
拓朗は沙希の手を引いて歩き始めた。
置いて行かれた太一はボケッとその場に立ち尽くしていた。
「あ、あのっ…。お兄さん…」
「珠子の事アイツが連れてちゃったから…お詫びに俺と遊ぶってのはどう?って俺なんかより同級生と一緒に居た方が楽しいか!」
拓朗は「5歳も上ならおっさんだしなぁ」と自嘲気味に笑った。
「そ、そんな事…」
「って本当は一人になっちゃったから俺が遊んで欲しくて無理矢理連れて来ちゃったんだけど…嫌なら言って?」
「い、嫌なんてとんでもないですっ!」
「ほんと?じゃあ残りの時間は俺と二人だけどよろしくね?」
そう言って笑う拓朗に沙希は小さく頷いた。
いつもよりも頼りない笑顔の沙希は全身を赤く染めていた。
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