『姫の王子様』
ある夏の一日'08 P12

「庸ちゃんっ!庸ちゃんっ!」

 手を引っ張られて半ば引きずられるように珠子は歩いていた。

 前を歩く庸介は何度呼び掛けても振り返りもしない。

「庸ちゃんってばぁ〜」

 突然の庸介の登場だったがその態度に喜んでいいのか落ち込んでいいのか分からなかった。

 庸介は一番大きな波の出るプールへ珠子を連れて行くとジャバジャバと奥へ奥へと歩いて行く。

 水の深さが珠子の腰の辺りまで来ると庸介はようやく振り返った。

「庸ちゃん…」

 しょんぼりしていた珠子が顔を上げると頭の上からスポッと浮き輪を被せられた。

「掴まっとけ。足つかねぇだろ」

 庸介の言葉にムッとしながらも浮き輪にしがみつくと庸介は浮き輪を引きながらさらに奥へと進んだ。

 完全に足が着かなくなる所まで来るとようやく二人は向かい合った。

「庸ちゃん…怒ってる?」

「そうだな」

「…どうして?」

「分からないのか?」

 庸介は厳しい顔をしたままだった。

 波に体を揺らしながら珠子はギュッと浮き輪にしがみついた。

 折角会えたのに嬉しいのも束の間やっぱり心の中には悲しさが広がって涙がジワッと滲んで来た。

「こーら。泣きたいのは俺だ」

「な…んで…。庸ちゃん怒ってるじゃんっ」

「そりゃ怒るだろ?俺の居ない間にタマが浮気してんだからな」

「浮気なんかしてないよっ!」

 珠子が浮き輪に手を付いて力んだ瞬間に大きな波が珠子を襲った。

 バランスを崩した珠子は浮き輪から飛び出して足の着かないプールへ投げ出された。

「キャァッ!」

「ったく…なーにやってんだ」

 庸介はクスクス笑いながら珠子を体を抱えた。

 水から助け出された珠子は必死の思いで庸介の首にしがみ付いた。

「ぷっはぁ〜ビックリしたぁ〜〜っ」

 少し水を飲んでしまったみたいでケホケホとむせている。

 庸介は珠子の背中を優しく擦りながら流れされそうになっている浮き輪を手繰り寄せた。

「浮気なんかしてないもん…」

 珠子はギュッと庸介の首にしがみついたまま離れなかった。

 庸介は片手に浮き輪を持って珠子を片手で支えていたが浮力のおかげかそれほど辛くはなかった。

「分かってるって」

「ほんと?」

 庸介がポンポンと珠子の頭を撫でるとようやく珠子は顔を上げた。

 さっきよりも潤んだ瞳が庸介をジッと見つめた。

「でも…学校の友達とはいえ男と一緒に遊ぶのはムカツク。というよりアイツと一緒ってはどういう事だ?」

「それは…」

「たまにしか会えない俺よりも毎日会える同級生の方がいいか?」

「違うよっ!違うもん!ほんとはプールだって庸ちゃんと行きたかったんだよ!」

 必死に伝える珠子に庸介は笑顔になった。


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