『姫の王子様』
One step P12

 息を弾ませて庸介の前に立った珠子は、堰を切ったように話し始めた。

「良かったぁ! もう庸ちゃんに会えないんじゃないかと思ったの!
 待ってたんだけどなかなか来ないからね、探しに駅の方まで行ったんだけど、ぜっんぜん駅が見つからなくてね! なんかグルグル歩いていたらそのうち道に迷っちゃって」

 自分の胸までも届かない小さな珠子が首を後ろに倒して、身振り手振りを加えながら話している。

 その時の感情までもが表情に表れ、クルクルと変わる表情に視線が釘付けになったまま離れない。

(あぁ……タマが一生懸命喋ってるから返事してやらなきゃ)

 何か言葉を返してやりたいと思うのに込み上げる感情で胸がいっぱいになり返事も出来ない。

「それでね! 迷ってるうちに熱中症みたいなやつになっちゃったみたいで、通りすがりの人に助けて貰ったんだけど……実はその人がなんと! 今日のイベントに出てた宇宙くんだったんだよ!
 あ……庸ちゃん宇宙くん知ってる? ツイゴクのジロちゃんの声やってる人なんだけど、最近出て来た俳優さんで……」

(やっぱり……俺、コイツのことすげぇ好きだわ)

 真っ直ぐ自分を見つめる珠子のことが愛しくて仕方ない。

 何も言わずジッと見つめる庸介に不思議に思ったのか、珠子は途中で言葉を切ると少し不安そうに眉を八の字にした。

「庸ちゃん? ……やっぱり怒ってる?
 あのね……迷子になった時はその場でジッとしてなさいって庸ちゃんに言われたこと思い出したの。それでね、ここに戻って来たんだよ。
 庸ちゃんは絶対見つけてくれるって信じて……庸ちゃ……?」

 庸介は膝を折ると力いっぱい珠子を抱きしめた。

(後でまた……話、聞いてやらないとな)

 あんなに話してくれたのにほとんど聞いていなかったことに苦笑しつつ、きっとそう言ったら珠子が怒るだろうと今は黙っていることにした。

 珠子の小さな体はすっぽりと庸介の腕の中に抱き込まれ、苦しいほどの力で抱き寄せられた珠子は突然の出来事に驚いて固まってしまった。

「どこにいたって……見つけ出すに決まってんだろ」

「庸ちゃん……? なに?」

「…………」

 呟くような独り言を珠子が聞き取れなかったことにホッとしながら腕の力を緩めると二人の身体が少し離れようやく互いの顔を近くで眺めることが出来た。

 まだ驚いているのかキョトンとした珠子が何か言おうと口を開くのを見て庸介はようやく口を開いた。

「次からは俺も一緒に中に入るからな」

「一緒にって……当選しないとダメなんだよ?」

「何とかする」

「何とかって……」

「何とかは何とかだ!」

 こんな思いをするくらいならもう片時も側を離れたくない、例え興味がないアニメのイベントだろうが、漫画家のサイン会だろうが隣にいる珠子の喜ぶ顔を眺めていればいい話だ。

「ったく……すげぇビビった。マジで……タクに殺されると思った……」

 情けない庸介の声の後に珠子がクスクス笑う声が続いた。

「私もね。迷子になっちゃった時……お兄ちゃんにすっごい怒られると思ったんだよ! 庸ちゃんと同じだねっ」

「バーカ! そこは喜ぶとこじゃねぇだろ」

「でも……同じこと考えてるのってすっごく嬉しいよ? 私もね……いっぱいいっぱい庸ちゃんのこと探したんだよ。庸ちゃんもいっぱい私のこと探しててくれたんだね」

 珠子は庸介の背中に手を回し、汗に濡れたシャツに手を添えた。

 その仕草がとても年下の珠子とは思えないほど労わるような優しさに溢れていて、庸介は思いがけず熱くなってしまった頬を見られないように珠子の肩に額を付けた。

「当たり前だろ。つーか俺が待ってろって言ったらちゃんと待ってろ!」

「うん。ちゃんと待ってる」

 照れ隠しの乱暴な言葉にも珠子は珍しく素直に頷いた。

 二人は互いの体温を確かめ合うようにしばらく動かなかったが、庸介は大事なことに気付いて顔を上げた。

「それよりタマ! お前、携帯どうした! 全然掛からんねぇぞ」

「あのね。電池切れちゃったの。写真撮り過ぎちゃったのかなぁ。まだご飯の写真とかいっぱい撮りたかったのになぁ」

 他愛もない理由に安堵しつつも、写真を撮れなくなったことを残念がる珠子に呆れ、庸介はため息を吐きながら立ち上がった。

(なんつーか俺が考えているよりもずっと単純なんだよな)

 だからこそ行動も言動も真っ直ぐで嘘がない、そんな所も好きなのだから仕方ないと、庸介は諦めながら珠子の手を引いた。

「行くぞ。腹減った」

「ご飯、なになに?」

「その前に服。こんな格好で店に入れるか。ついでにタマの服も買うぞ」

「えぇー? 私はいいよぉ、これ気に入ってるもん」

「ゴチャゴチャ言うな。汗かいたのはお前のせいだから黙って言うこと聞け」

「私のせいなのに、私の服も買ってくれるの?」

 まだ珠子の服を揃えることを諦めていなかった庸介は、もっともな珠子の突っ込みに返事も出来なかった。


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