『姫の王子様』
One step P11

 保志と話をしていた庸介は終了予定の時間が近付いてくることに気付いて慌てて電話を切った。

(しまった……つい話し込んだら……)

 そのまますぐに会場へと向かったが、どうやら少し早めに終わったのか、会場を後にする人影が疎らになっている。

「クソッ……」

 慣れない東京で珠子を一人にさせるなんて絶対にしたくなくて、迎えだって改札で良かったもののわざわざホームまで迎えに行った。

 それなのに……と慌てて辺りを見渡したが珠子の姿は見当たらない。

(まだ……会場の中か?)

 慌てて電話をしてみたが電源が切れているらしいアナウンスが流れる。

 もしかしたらまだ中で会場の雰囲気を味わって出てくるのが遅くなっているだけかもしれない、電話が繋がらないのはそのせいだろうと庸介は少しだけホッとして待つことにした。

 だが5分経っても10分経っても珠子は姿を現さない、それどころか会場から出てくる人影がピタリと止まった。

「嘘……だろ?」

 ようやく珠子とはぐれてしまった事に気付いた庸介は愕然として、再び携帯を鳴らしてみたけれど同じアナウンスが流れるだけだった。

 庸介は慌てて会場へ向かって駆けだすと後片付けをしているスタッフらしき人に声を掛けた。

「すいませんっ! 中に誰か残ってませんか?」

「いえ、もう残ってないと思いますが……」

「そうですか……」

 もしかしたらと望みを賭けたが今の言葉でそれは断ち切られると、今度は駅の方へと向かって走り出した。

(タマのことだからきっと俺を探そうとしてウロウロしてるはず……だとしたらきっと行先は駅の方で……)

 会場の前で別れる時にどこで時間を潰しているのか聞かれて、何気なく駅の方へ戻ってみると答えたことを思い出した。

 結局はあまり店もなくてそこから少し歩いた場所にカフェがあってそこで時間を潰していた。

 そのせいでもしかしたら駅へ向かった珠子と行き違った可能性もある。

 今頃は駅で泣きそうになっているかもしれない、脳裏に珠子の泣き顔が浮かぶと庸介はさらに足を速めた。

「クソッ……いないか……」

 駅に着いて辺りを見渡したがそれらしい人影が見当たらず、全力疾走で汗だくになった庸介は帽子を取って汗を拭った。

「ねぇねぇ、あれ……ヨウじゃない?」

「嘘ぉ……でもすっごい汗だく……もしかしてなんかの撮影?」

(こんな時に見つかってたまるかよ……)

 珠子を一刻も早く探し出さなくてはいけない時にファンに見つかって騒ぎになっては堪らない。

 近くからボソボソと聞こえて来た声に慌てて帽子を被り直して駆けだした。

 すぐに逃げ出したおかげか追ってくる気配もなく、足を緩めた庸介はホッとしながらも途方に暮れていた。

 珠子が会場を出たことは間違いない、電話さえ繋がればそこから動くなと言うことも出来るのに、肝心の電話が繋がらないのでは意味がない。

 このまま珠子を探し出せなかったら……。

 夜になればいかにもおのぼりさんの珠子が一人で歩いていて無事でいられるとは思えない。

 そんなことになってしまったら自分を信じて珠子を託してくれた岡山の両親や特に親友の拓朗になんて詫びていいか分からない。

(落ち着け俺……落ち着け、落ち着け……)

 足を止めた庸介は大きく深呼吸すると気合いを入れるためにパンッと両頬を叩くと、足を会場の方へと向けて駆けだした。

 会場へ着いたらもう一度中に残っていないか確認して、それから会場の周りをグルッと見よう、それから見かけた人がいないか聞き込みを……。

 まるで刑事にでもなった気分だと思いながら会場の前に着いた庸介は言葉を失った。

(は……?)

 今までどこを探しても居なかったはずの珠子が、最初に別れた場所にポツンと立っている。

(幻じゃ……ないよな?)

 切羽詰まった自分が幻覚でも見てるのかと目を閉じたり擦ったりしてみたが、確かに珠子はそこにいた。

(良かった……)

 遠目からは無事な様子の珠子の姿に庸介はようやくホッとしたせいか、身体から力が抜けてしまったのか足が一歩も動かなくなってしまった。

 もっと近くで見て無事を確認したいと動かない身体に焦れていると、顔を上げた珠子がこちらに気付いた。

「あ、庸ちゃーーーん!」

 不安そうな顔が一瞬で笑顔に変わった。

 手を振りながら一目散に駆けてくる珠子の姿に、いつもなら転ぶと危ないから走るなと言うはずなのに言葉が出て来ない。


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