『-one-』
ある夏の一日'09 P9
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「楽しそうだったよねぇ……スイカ割り。でも私はスイカ食べるならちゃんと包丁で切って食べたいから遠慮しておくわ」
「えっと……いや……楽しいとかじゃなくてアレも仕事っていうの? なんかもう誠さんが変なことばっか思い付くもんだから俺達も振り回されっぱなしで参ってんだよー」
「その割にはニヤニヤしながら女の子に触ってたよね?」
「ニ、ニヤニヤなんて……あれは営業スマイルだって! あんなの全然楽しくなんかないからね、ほんとだからね!」
必死に弁解をする陸の姿に強張っていた心がするすると解けていく。
「麻衣ーごめんね。俺もしたくてしてたわけじゃないんだよ。ね……信じて?」
優しい声は心に出来たひっかき傷を癒やすようにしみ込んで来た。
(私も甘いかなって思うけど……)
「麻衣……手、痛くない? 怪我してない?」
心配そうに眉根を寄せた陸は麻衣の手を確認しようと手を伸ばした時だった。
「あーーっ! 陸、はっけーん!」
「ゲッ!!!」
「今日も来ちゃったぁー! ねぇねぇー今日もスイカ割りしようよー」
「えっと……ごめん、俺今……休憩中で、その……」
店内になだれ込んで来たギャルのグループにぐるりと囲まれた陸が助けを求めるように麻衣に視線を送った。
「休憩とかってーどうせ女の子ナンパしてたんじゃないのぉ?」
そう言うと今度は彼女達の視線が麻衣に注がれた。
「いや……ナンパなんてしたことないし。って……他のお客さんに迷惑掛かるから外で待ってろよ、すぐ行くから……ほら、行けって」
「すぐ来てねー」
陸に追い出されながらも彼女達はケラケラ笑いながら店の外へと出て行った。
また二人の間に気まずい空気が流れた。
(なんかもう……)
麻衣はため息が出そうになるのを何とかこらえ理性を総動員すると笑顔を作った。
「私のことは気にしないで仕事して来ていいよ」
「ま、麻衣ぃぃぃ……」
「早く行ってあげたら? みんな誰かさんをお待ちかねみたいよ?」
店の外からこっちを見て手を振っている姿に陸はガックリと肩を落とした。
許して仲直りしようと思っていた矢先の出来事にそのタイミングを失ってしまい、ここは我慢して見送ることしか出来ない麻衣は笑顔を貼り付けることで精一杯だった。
「ね……帰りは一緒に帰ろ?」
「ごめんね。美咲と一緒に来てるから」
「麻衣……。今日は早く帰るから、また後でゆっくり話そう、ね?」
頷くまではてこでもここを動かないとばかりに陸は麻衣の顔を覗き込んだ。
麻衣もこれ以上は私情で仕事の邪魔をすることは出来ないと頷こうとした時、外から黄色い声が飛び込んで来た。
「分かっ……」
「りーくーーっ! はっ、やっ、くぅぅぅぅっ!」
小麦色の肌に露出度の高いビキニ姿のギャル達が一斉に投げキッスを送って来た。
(……さすがにこれはちょっと)
陸というよりも彼女達の態度にイライラする。
「麻衣……」
「いいから、早く行って!」
「で、でも……麻衣……」
「ちゃんと分かっ……」
ちゃんと分かってるから仕事に行って、そう言うつもりだった麻衣の言葉はどこからか戻って来た美咲の言葉に遮られた。
「あーーー麻衣だけ焼きそば食べてるなんてズルイーー」
「美咲!? どこ行ってたのー?」
「あーごめんね、ちょっと……」
すっかり機嫌の直った美咲、どうやら誠の方が機嫌を取ることは陸よりも上手だったらしい。
(それに比べて私達は……)
「陸、てめ……何、仕事サボってんだ! さっさとスイカ割りしてこいっ!」
「ちょ……誠さんっ! 俺まだ……麻衣と話……」
「あぁ? お前だけ住み込みのバイト紹介して欲しいのか?」
「……い、行って来ます」
(住み込みのバイト?)
仕事をサボっている所を見つけられた陸は、戻って来た誠にどやされながら外へと蹴り出される。
誠の言葉に首を傾げたものの急に騒がしくなった店内に麻衣はここがまるで『CLUB ONE』にいるような錯覚を感じた。
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