『-one-』

ある夏の一日'09 P10


「彰さーーん、私も焼きそばー! 目玉焼きー両面焼いてねー」

 隣りに座った美咲が大きな声で注文すると元気な声で返事が戻って来る。

 店先からは陸の情けない声が聞こえてくる。

「ま、待って……すぐ終わるから、ちょっとだけ麻衣と……」

「いいから仕事しろっつってんだろうが!」

 まだ店の入口で押し問答している誠と陸の様子はいつも『CLUB ONE』で見掛ける二人とまったく同じ、自分の好きな物を勝手に注文するの美咲もまったく変わらない。

 何だかいつもと変わらないことが可笑しくて麻衣は思わず吹き出した。

「あははっ、あはははは……っ!」

 急に声を上げて笑い出した麻衣に陸と誠も何事かと振り返った。

 美咲も悠斗の運んで来たウーロン茶を飲みながら笑いの止まらない麻衣の顔を不思議そうに覗き込んだ。

「麻衣……どうしたの?」

「うん? だって場所が変わってもここは『CLUB ONE』と一緒なんだなーって、海の家なのにホストクラブみたいなんてあり得ないんだけど……みんながいる場所が『CLUB ONE』になるのかと思ったら楽しくて……」

 一人で笑っている麻衣は全員の視線を集めながら話を続けた。

「そしたら……ここにいるのが当たり前みたいになっている私や美咲も『CLUB ONE』の一員? とか思えて……」

「何、言ってんの? 麻衣はある意味一員かもしんないけど、私はただの客でしょ? もう失礼しちゃうっ!」

 美咲は照れくさそうに頬を赤らめたままプイッと横を向いてしまった。

(とか言いながら……誠さんとどんな話をしてきたの?)

 まだはっきりした関係でないことは知っているけれど、そうなるのも時間の問題じゃないかと麻衣は密かに思っていた。

 自分も一員なんだ……そう思ったは麻衣は自分も店の売上のことを頭に浮かべた。

 まだキョトンとしたままの陸に向かって麻衣は小さく手を振って声を掛ける。

「お仕事、頑張ってね?」

 ようやく作り笑いじゃない本当の笑顔で笑い掛けると陸は安心したようにみるみる笑顔へと変わりすぐに仕事へ戻っていった。

「あーあ、やっぱ『CLUB ONE』の母ちゃんには敵わねぇなー」

 苦笑いで戻って来た誠は麻衣と美咲の前に腰掛けるとため息交じりに呟いた。

「母ちゃんって?」

「麻衣ちゃんのこと。俺の言うことなんてちっとも聞かねぇのにあいつら麻衣ちゃんの言うことだけはすぐ聞くんだよ。特に一番手が掛かるやんちゃ坊主がな……」

 そのやんちゃ坊主は外でギャル集団に囲まれている。

 胸の痛みはほんの少しだけど気にならない程度、ちょっとした気持ちの切り換えでそうなることが不思議だった。

「母ちゃんねぇ……でもこんなエロ可愛い母ちゃんってちょっとすごいかも……」

「み、美咲!? エ、エロって……」

 美咲が麻衣の水着姿を眺めながら羨ましげに呟くとなぜか誠も水着姿を確認してそれから納得とばかりに頷いた。

「おっ……いいこと考えた! 二人とも俺らの一員なら店手伝っていけば? 女の子の客は多いんだけど男の客が全然だから二人で客寄せ! それなら陸も仕事抜け出さねぇだろうし!」

「きゃ、客寄せ!?」

 確かに自分達も一員みたいだとは言ったけれど、実際に一員になるというのはまた別の話だ。

「ハァ!? そんなの嫌よ! 私達は純粋に海を楽しみに来たのに、なんでアンタの仕事手伝わなくちゃいけないのよっ」

(いや……それもちょっと間違ってるけど)

 そもそもの目的は陸達の仕事先を確認すること、それを確認した今は美咲の中ではそれすらなかったことになってしまったらしい。


 憤慨する美咲とそれを笑いながらかわす誠、、厨房から「何してんだか」と呆れてる彰光、カキ氷のシロップの掛け方が上手い下手と張り合っている響と悠斗、女の子に囲まれている陸、それにちょっとだけヤキモチを妬いてしまう麻衣も……。

 いつもと同じ面々がいつもとは違う場所で過ごした夏のひと時はいつもよりちょっと楽しい思い出になった。


end

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