『-one-』
ある夏の一日'09 P8
なぜか自分が急に年を取ったような気がした麻衣がため息をこぼすと目の前に湯気を立て美味しそうな匂いのする焼きそばが置かれた。
「ありがとうございます。彰さ……」
お礼を言おうと顔を上げた麻衣はてっきり彰光が持って来たとばかり思っていて、いじけた顔をした陸が立っていることに驚いて目を見張った。
(もしかして……)
麻衣は慌てて振り返ると様子を窺っていたらしい彰光にウインクを返された。
(もう……余計なお世話ですよー)
「焼きそば、お待たせしました」
ボソボソとはっきりしない声で言った後に陸は麻衣と向かい合うように腰を下ろした。
(いきなりは……気まずい……)
突然のことに心の準備も出来ていなくて麻衣は焼きそばに視線を落としたまま体を強張らせた。
「麻衣……怒ってる?」
頼りない声で問いかけてくる陸。
怒ってないよ……そう言ってあげたいと心の中で思っていてもそれが口から外へ出ていくことはない。
「ここのこと黙っててごめんね」
陸は麻衣からの返事がないことにうな垂れながらポツリポツリと話を始めた。
「ホントは俺だって言いたかったんだよ。言い訳になっちゃうけど……仕事のこと口止めされてて、隠してるのずっと辛かったんだよ。麻衣が気にしてるのすっげぇ分かってたし……」
(何となく分かってたよ)
隠し事なんてしない陸が言わない理由は誠以外に考えられなかった、それでも一緒に暮らしている自分にはこっそり打ち明けてくれても良かったのにと思ってしまう。
麻衣は初めて自分の本当の気持ちに気が付いた。
(私……拗ねてたんだ)
教えてくれないことが寂しくて拗ねてそんな気持ちが少しずつ捻じれてしまっていた。
隠していることを責めるなんて筋違いで、逆にこんな風に探るように仕事まで押しかけてしまったことが恥ずかしくなった。
「私の方こそ……ごめんね。こんなとこまで来たりして……」
小さな声で謝って顔を上げると嬉しそうな陸と目が合った。
「ううん、嬉しかった。麻衣がここまで俺のこと気にしてくれること」
麻衣は謝ったことでホッと胸を撫で下ろすと割り箸に手を伸ばした。
「それとちょっと安心した。もっと怒ってるんじゃないかって思ってたんだ。だってさ……さっきのアレ、見てたよね? まさか見てるなんて思わなかったから麻衣の姿を見た時はホントにもう心臓が止まるかと思ったんだよー」
割り箸を割ろうとしていた麻衣の手が止まった。
ご機嫌になった陸は麻衣の様子に気付くこともなくさっきよりも饒舌に話を続けた。
「あ、そうだ! 今日さ早めに上がらせてもらえるように誠さんに頼むからさ一緒に帰ろうよ! それまで海で遊んでてもいいし……あっ、それかさー麻衣も一緒にスイカ割りする? スイカって美味いよねー俺毎日食ってんのに全然飽きないもんね!」
麻衣の手の中にあった割り箸がバキッと音を立てた。
「あれ……麻衣、焼きそば食べないの? 彰さんのめっちゃ美味いよ! つーかあの人何でも出来ることに驚きだよねっ!」
すっかり気を良くしていた陸が麻衣の異変に気付いたのは手の中で折れた割り箸がテーブルに落ちた瞬間だった。
仕事でその内容を隠していたことは仕方ない、事情を説明されればそれ以上文句を言うつもりはなかった。
けれど……陸の言葉でさっきの光景が頭に蘇って来た麻衣は腹立たしさを感じずにはいられない。
(あのスイカ割りは悪いとか思ってないわけ?)
どちらかといえば海の家での仕事を隠されていたことよりも、女の子とデレデレイチャイチャしていたことの方が腹が立つ。
「ま、麻衣……ちゃん?」
すっかり仲直りムードだったはずが麻衣の豹変ぶりに陸はオロオロしながら麻衣の顔を覗き込んだ。
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