『-one-』

ある夏の一日'09 P7


 目は口程に物を言うというのは本当だったらしい。

 表情は動かないのに瞳だけが次から次へと表情を変えていく、それを見ているだけで何を考えているのかおおよその見当が付いた麻衣は陸に背を向けた。

(もうっ……簡単には許してあげないんだからっ)

 仕事だからと仕方なくやっていたのは間違いない、でもあのイタズラを見つかった子供のような瞳の陸を見れば嫌々でないことも間違いない。

 もちろん浮気しようとか、この機会にちょっと遊ぼうとか、そんなこと考えているわけがないと思う。

 この解放的な雰囲気に流されてノリで……というのが麻衣の導き出した答え。

 本気で陸に対して怒っているわけではないけれど、彼女の目の前で他の女の子と半裸(水着)でイチャイチャしていたのは(たとえ仕事でも)気分が悪い。

「おねーさん! 美味しい焼きそば食べない? サービスしとくよー」

 気前のいい言葉で声を掛けて来たのは頭にタオルを巻いた姿もサマになっている彰光だった。

 顔を上げた麻衣は彰光に持っていたヘラで手招きをされ戸惑いながらも歩み寄った。

 店から外に張り出した場所にある大きな鉄板からはものすごい熱気と香ばしいソースの香り、タンクトップ姿の彰光は鍛えられた二の腕を晒しながら慣れた手付きで焼きそばを混ぜている。

「こんにちは」

 麻衣は熱気に顔を顰めながら彰光に挨拶をした。

「あれー可愛い顔が台無しじゃーん。まぁふくれっ面でも可愛いとか思ってる奴もいるだろうけどねー」

「別に……ふくれっ面なんて……」

「そう? 鏡あるけど見てみるー?」

 彰光の茶化すように銀色のヘラを麻衣の顔に近付けた。

 汚れていない銀色のヘラにボンヤリと自分の顔が映ると麻衣は小さく吹き出してしまった。

(敵わないなぁ……)

 本当に人の気持ちを楽にさせるのが上手い人だと麻衣はいつも彰光に色々な意味で助けられながら感じていた。

 今もさっきまでの胸のモヤモヤが晴れてしまいそうになっている。

「あっ……そういえば美咲知りませんか? さっきから姿が見えないんですけど……」

 せっかく来たのだから美咲と合流してこのまま海を満喫してから帰ろうと思っていたのにいくら見渡しても姿が見当たらない。

(まぁ、何となく見当はつくんだけど……)

「あー取り込み中ってやつ?」

「あはは……」

 予想通りの答えに麻衣は苦笑いになり、彰光も肩を竦めて同じような笑みを浮かべた。

(どうしよ……一人になっちゃった)

 さっきの彼女達と合流することも考えたけれど、初対面であまりにも年が離れてすぎていては向こうに気を使わせてしまう。

 いっそこのまま帰ろうかとも思うけれど美咲の車で来たことを思い出した。

「とりあえずさ、俺の焼きそば食っていかない? すっげー自信作!」

「紅しょうが……ちゃんとあります?」

「とーぜんっ! 俺を誰だと思ってんのー?」

「あははっ。じゃあ一つ下さい」

「オッケー。中入って適当なとこ座ってて? 後で持っていくよー」

 彰光と言葉を交わしたあとに店の中に入ろうとした麻衣はさっきからずっと視線を感じている方をチラッと見た。

 今度は店の前でジュースを売っている陸が群がる女の子達を相手にしながらチラチラと不安そうな眼差しをこっちに向けている。

(そんな顔して……)

 いつもは自信に溢れた陸の顔が沈んでいるのを見るとたまらなく切なくなる。

 もちろんそうさせているのが自分だと分かっているからなおさら辛い、けれど微笑みかけてあげられるほどまで回復してない心が邪魔をしてしまう。

(忙しそうだし……それに帰って来ればたっぷり時間はあるから……)

 そう自分に言い聞かせることで麻衣はようやく陸から視線を外すことが出来た。

 客足も少し落ち着いてきたせいか空き始めた店内の一番奥のテーブルに腰掛けた麻衣はいつもはスーツに身を包み夜の街を歩いている彼らのことをボンヤリと眺めていた。

(なんか楽しそうだなぁ)

 服装のせいなのかいつもは大人びた彼らの表情が今は子供のようにキラキラしている。

 そういう表情やはしゃいでいる姿を見て改めて彼らがまだ二十代前半だったことに気付かされた。

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