『-one-』
ある夏の一日'09 P6
「じゃあいくよ? 1,2,3で振り下ろすよー」
明るく弾んだ声は紛れもなく陸の声だった。
聞き間違えるはずもない麻衣は慌てて声のする方を振り返った。
「……なっ」
少し離れた位置に陸の姿、そして陸の前に目隠しされた小柄なビキニ姿の女性が立っている。
あまりの光景に麻衣は思わず目を瞑ってしまった。
「チッ……あのバカが……」
何とか動揺する心臓を落ち着けようと深呼吸をしている麻衣の耳に唸るような低い呟きが聞こえあまりに険悪なその響きに慌てて目を開けた。
自分と同じように数メートル先にいる二人の姿を睨み付けている男性の姿がすぐ側にあった。
Tシャツにジーンズ姿の端正な顔立ちの男性の鋭い視線は傍から見ているだけでも迫力がある。
(あの人……もしかしてあの子の彼氏?)
だが気になったのは一瞬で麻衣はすぐに興味を逸らした。
(な、何なの……アレ)
陸から少し離れた位置に置かれたスイカと手に持っている長い棒、それだけを見ればスイカ割りをしているのは一目瞭然だった。
だがもっと具体的な表現をするとしたら目隠しをされた女性を後ろから抱きしめるような格好の陸が二人で一本の棒を持ち今まさにスイカを割ろうとしている。
そしてさっきよりも大きな陸の掛け声と共に棒は振り下ろされてスイカは見事に割れた。
(ちょっと……なにしてるの?)
持っていた棒を砂浜に突き刺した陸は女性の前に立つと体を屈めて目隠しを外した。
ただ目隠しを外すだけであそこまで顔を近付ける必要があるのかと麻衣はイライラしながらも一時も視線を外せなかった。
目隠しを外して乱れた髪を手で直すサービス付き、その優しい仕草を目の前で見せつけられさすがに我慢が出来なくなって来た。
(どうしよう……このまま乗り込んでやろうかな)
そう思って一歩踏み出した麻衣は自分を見ている視線に気が付いてそっちに意識をずらした。
「あ……響くん」
今まで陸にばかり気を取られていて気付かなかったが、すぐ側には海には少し色白な肌の響が戸惑いの表情で立っている。
麻衣は条件反射的にニッコリとほほ笑みを向けた。
けれどその笑顔は響には逆効果だったのか急に青ざめた顔をして側に立つ陸に向かって視線を送り始めた。
響の行動もまた逆効果だった、響のサインにもまったく気付かずまだ女性の側を離れない陸の姿に麻衣の表情はだんだんと険しくなっていく。
(何コレ……海と家という名のホストクラブ?)
まさにその通りだった。
誠が考え出したのはただの海の家ではなく、全体的に値段は高めだが女性向けのサービスを充実させた海の家。
確かに誠の読みは当たったようで店内は賑わっているし、女性グループの客がひっきりなしに訪れてどこの店よりも繁盛している。
(隠していた理由がようやく分った)
仕事だから仕方なくやっていると思うと麻衣は少しだけ気持ちを落ち着けることが出来た。
(きっと誠さんに言われて仕方なくよね……喜んでやっているように見えるけど本心からじゃなくて仕事だからで……)
自分にそう言い聞かせていた麻衣は響が慌てて陸の側に寄り耳打ちしているのを見た。
響の指が自分を指差す、その仕草を見て心構えは出来たけれどゆっくり振り向く陸の姿に心臓が激しく鼓動する。
「えっ……」
声は聞こえないけれどそんな顔をした陸の視線と絡み合った。
自分にようやく気付いてくれた安堵感と同時にそこまで動揺を見せる陸の態度に治まったはずの苛立ちが戻って来る。
陸はまるで浮気現場を押さえられたような顔をしていた。
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