『-one-』
ある夏の一日'09 P5
まるで連行される捕虜のようにガックリうな垂れた二人、その二人を挟んで歩く麻衣と美咲の表情はまるで戦い前の戦士のように勇ましい。
そんな奇妙な四人組をすれ違う人は不思議そうに振り返った。
「あ、あーそうだ……食べ物あるなら言ってくれた俺達持っていくんで、お二人はゆっくり座ってて下さい」
「んー海の家行ってから決めたいから気にしないでー」
「えぇっ……あ、いや……でもほら……ツレの子もいるみたいだし……」
「一緒に来たんじゃなくて、たまたま顔見たから喋ってただけ」
すっかり戦意喪失の和哉に比べ、どうやらまだ少しばかりの気力が残っているらしい悠斗が必死に店に近付かせないようにしている。
それをばっさり切って捨てる美咲。
(ここまで来ると清々しいよ……美咲)
一体どこからどこまで彼女達と打ち合わせを済ませていたのか、二人と知り合いなこともこうして一緒に海の家に行くことも何も聞かれなかった。
麻衣は徐々に顔色の悪くなる二人から視線を外し、どうやら目的の海の家らしき建物に視線を移した。
(あそこに陸がいる)
もう疑うまでもなくそこに陸がいることは間違いない、後はどうしてここまでして海の家で働いていることを隠そうとしているのかを知ることだけ。
ここまでするなら知らない方がいいことなのかもしれないかと迷う気持ちもある。
それでも二人が必死に近寄らせまいとすればするほど麻衣の興味は膨らんでいった。
建物までかなり近付いてあと十メートルという所で、悠斗は振り返るとパッと手を大きく広げて頭を下げた。
「やっぱ無理っす! ヤバイっす! すんません、すんません、すんません……」
(悠斗くん……)
必死に頭を下げる悠斗の姿に麻衣は胸の痛みを感じた。
そこまでして二人を近付けさせたくない理由……どうしてもそれを知りたい。
悠斗に申し訳ない気持ちはあるものの麻衣は意地でもそれを突き止めるつもりで悠斗の顔を見上げた。
「それなら……ここからは私達だけで行くから二人は気にしないで」
「で、でも……っ、えっと……」
決意の込められた麻衣の言葉に悠斗がうろたえる。
頼もしい麻衣の言葉に誇らしげに微笑んだ美咲は悠斗の手を下ろして一歩踏み出した。
麻衣と美咲はさらに一歩踏み出すと互いに顔を見合わせ、もう一度確認するように見つめ合ってから小さく頷き合った。
「諦めなさい。それと……私達の後からいらっしゃいね」
美咲が悠斗の肩をポンと叩くのを合図に二人は目の前の海の家へと歩き始めた。
砂を踏むサクッサクッという音を聞きながら一歩ずつ近付いてくる海の家、一番最初に目に飛び込んで来たのは店の前に置いてある浮き輪などの側に立っているホスト。
まだ入って間もない彼のことを麻衣は知らないが美咲は知っているらしくニヤリと笑う。
向こうも二人のことに気付いたけれど、込み入った事情を知らないからなのかさっきまでの二人のような反応はなかった。
そしてその後ろには頭にタオルを巻き焼きそばを焼いている姿が見える。
麻衣はあまりにも似合っている彰光の姿に小さく吹き出しながらもすぐに視線を外して視線を彷徨わせた。
(どこにいるんだろう……店の中かな?)
まだ姿が見えないことにイライラしつつもどこかでホッとしている。
ありえないとは分かっていても陸が裏方で働いていてくれたら……と心の片隅で祈りつつ少しずつ見えてくる店の中を目を皿のようにして探った。
「ふぅ……こんな海の家、ほんと壮観よねぇ」
店の目の前に着くなり美咲はグルっと店内を見回してため息交じりに呟いた。
店内は八割程埋まっていて裏方も接客も忙しく動き回っていたけれど、今は全員が手を止めて店の前に立っている二人の姿を見つめていた。
「お、おま……」
微動だにしない店員を掻き分けて駆け寄って来たのは誠、胸の前で腕を組んで好戦的な笑みを浮かべる美咲に言葉も出ない様子だ。
(あれ……陸、いないの?)
いつもなら真っ先に飛び出してくるはずの陸の姿が見えなかった。
誠に聞こうにもすでに美咲と微妙な雰囲気になっていて聞くに聞けず、仕方なく探すために視線を彷徨わせているとすぐに聞き覚えのある声が聞こえて来た。
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