『-one-』
ある夏の一日'09 P4
潮の香りのする風の心地良さに麻衣はぼんやりと水平線を見つめた。
(初めて二人で来たのも海だったよね……)
まだ二人が付き合う前に陸に強引に連れ出された海辺にあるレストラン、あの時にはまさかこんな関係になるとは思わなかった。
それから泣いたり笑ったり傷ついたり傷つけたりして、冬の冷たい海で受けたプロポーズは幸せ以外のなにものでもなかった。
いつもは子供っぽくてやんちゃで甘えたがりな八歳年下の恋人、ここぞという時には信じられないくらい大人びた表情をして包んでくれる。
不安ばかりだった恋愛を乗り越えて来られたのも彼の一途さのおかげ。
(隠し事なんてどうして……)
仕事のこととはいえ陸が隠し事をすることが珍しいからこそ麻衣の心は不安に覆われていた。
「あっ!」
美咲の声に海から視線を戻した麻衣は隣りに座る美咲が視線を向けている方に視線を移した。
(あれ?)
見覚えのある顔に視線が釘付けになった。
「ただいまですぅ」
ご機嫌な様子で帰って来た彼女達の横に一人ずつついた水着姿の男の子。
「はい、カキ氷。溶けないうちに食べてよー」
「一緒に食べていかなーい?」
「ごめんね。そうしたいのはヤマヤマなんだけどおっかない店長に怒られるからさー」
「そんなの無視しちゃえばいいのにー」
「ダメダメー。良かったらまた買いに来てよー!」
麻衣と美咲は互いに顔を見合わせると頷いた。
慣れた様子でカキ氷を手渡しながら会話をしているからか、二人の男の子はまだ麻衣と美咲がいることに気付きもせず笑っている。
麻衣は立ち上がると視線を笑うと八重歯が見える男の子に照準を合わせた。
「じゃあ、俺達戻るか……」
百点満点の笑顔を見せて帰ろうとした足が止まり、笑顔がみるみるうちに強張っていくのを見て麻衣はニッコリ微笑んだ。
「こんにちは、悠斗くん」
「ま、まままま麻衣……さんに……み、美咲さん……」
「面白いところで会ったわね、和哉くん?」
同じように立ち上がった美咲もニッコリと微笑んだ。
ホストクラブ『CLUB ONE』のホストでもある悠斗と和哉、常連でもあり他の客とは別格の位置にいる二人との対面に顔を見合わせるとジリジリと後ずさりを始めた。
「あ、あの……」
「どうして、ここに……」
二人はようやく笑顔を浮かべたものの、逃げ腰で麻衣と美咲から離れようとしているのが簡単に見て取れた。
(怪しすぎる……)
麻衣と美咲は二人が此処にいることで確信を得たけれど、あまりにも挙動不審の二人を見るとまだ何かあるとすぐに悟った。
「それは私も聞きたいわ。二人ともこんな所で何をしているのかしら?」
「えっと……あのぉ……」
「二人で仲良く海水浴?」
「い、いえ……えっと……何ていうか……そのぉ……」
美咲に問い詰められる二人は可哀相なほど視線を泳がせている。
(ちょっとやりすぎかな……)
二人のことを気の毒に思いながらも麻衣はそこまでして隠したい理由の方が気になってしまいあえて口を挟むことはしなかった。
「あ、あれっすよ! み、店が休みなんで……バイト、バイトしようって……な、なぁ、和哉ー?」
「そ、そうです! 金ないんで……バイトしようって。それじゃあ俺達仕事が、あ、あ、あるんで……」
「そう。じゃあ私も二人のバイト代のために売上に貢献させて貰おうかな」
こういう時の美咲は強い、と麻衣は改めて感心した。
もう何も言い返せない二人は美咲の前で飼いならされた犬のように大人しくなり、伏せた目で助けを求めるような視線を麻衣に送って来た。
「じゃあ私も美咲と一緒に行こうかな?」
ダメ押しの麻衣の笑顔に二人は諦めたようにため息をついた。
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