『-one-』

ある夏の一日'09 P2


 美咲から返事があったのは土曜日の朝だった。

 今朝も少々グッタリしていた陸は眠い目を擦りながらも朝の五時に出掛けて行った。

 麻衣もまた早起きをして見送られる側から見送る側になり、玄関で短いキスを交して陸を仕事へ送り出してそのまま家事を済ませてのんびりしていた時に携帯は鳴った。

『アイツは口を割らなかったんだけど、すっごい有力な情報を手に入れたのよ!』

 電話口で興奮気味に美咲は切り出す。

(美咲にも言わなかったんだ……)

 もしかしたら美咲なら誠から何か聞き出せると期待していただけに少し驚いた。

 二人の関係はいまだ曖昧なもので原因は美咲にあるのは分かっているけれど、二人の中に信頼関係が生まれていることは確かだと思っていたから余計に驚いた。

「有力な情報って?」

 家事を終えてソファでのんびりしていたせいか生あくびが出てしまう。

 美咲は電話口で少し怒ったように小さく文句を言うと改まった声を出した。

『うちの子達がこの前海に行って来た時の話なんだけどね……』

(なんでまた海?)

 陸達の話をしているのにどうしてまた海なんだろうと首を傾げたが口を挟まずに話の続きを待った。

『すっごいイケメン揃いの海の家があるらしいの』

「海の家?」

『そう、海の家』

「…………で、それがどういう関係があるの?」

『もう! 麻衣は鈍いんだからー! だってイケメン揃いの海の家なんて聞いたことある? 数年前のドラマじゃあるまいし、それにすっごい朝早く出掛けて夕方帰って来るってそれっぽいと私は思う!』

 美咲の熱い語り口調に圧倒されつつも何となくそうかもと思ってしまう。

 だいたい朝の五時から出掛けて行くことに最初はすごく疑問に感じた、けれど陸から「仕度があるからだよ」と説明されればそれ以上突っこんで聞くことは出来なかった。

(それにしたって……)

 まるで真夏の太陽とは無縁のホスト達が海の家で働く姿は想像が出来ない。

『麻衣はどう思う?』

「でも……みんなホストなんだよ? 海の家なんかで働くかなぁ」

『ホストだからでしょ! 接客業はお手のものだし海と言えば水着の女の子がたくさん……アイツのことだから絶対上手く商売してるはずよっ』

 美咲はチッと舌打ちをする、それがまるで長年連れ添った夫婦のようで思わず苦笑いになる。

 口に出すことは絶対にないけれど、美咲もきっと気になって仕方がないんだろうと麻衣は微笑ましく思えた。

 けれど美咲の個人的な意見はなかったとしてもその海の家は気になった、イケメン揃いの海の家なんてちょっと興味があるし、やっぱり朝早くから夕方までの陸の行動と符号する。

「んー……海の家かぁ」

 それならそれで変な仕事ではないしいいのかなぁと思っているとそんな気持ちを察したのか美咲が先手を打って来た。

『イケメン揃いの海の家をビキニの若い女の子達が見逃すわけないよねぇ? ましてやあの陸くん……たとえ麻衣に操を立てているとしても実際問題ビキニの若い女の子に囲まれたりしたらぁ……』

 妙に「若い」という言葉を強調してくるところに麻衣の顔が引き攣った。

 三十路手前とハタチ前後じゃ肌のハリも艶も違ってくる、おまけに今の若い子はスラッとしていて手足は長くおまけにとても発育がいい……。

「ま、まさか……陸に限って……」

『うんうん、よく聞くよねぇそういうセリフ。でもそういう人に限って……ねぇ?』

「な、なによ……」

『ひと夏のアバンチュール? 夏の海は危険がいっぱい?』

 まるで悪魔のような囁き。

 麻衣は胸の中で陸に限ってそんなことはないと高を括っていたが、美咲の言葉を聞けば聞くほどそうかもと思ってしまう……。

 陸本人には言えないが何と言っても彼はホストでしかもナンバーワンで女性を喜ばせるのとても上手い。

 本人にその気がなくても仕事だサービスだと割り切って……。

『心配でしょ? 心配でしょぉ?』

「…………」

『はい、決定! 場所聞いておいたから明日確認しに行こうね。ちゃんと水着の用意してね、後で迎えに行く時間は連絡するからねー』

 麻衣の返事を待たずに電話は切れた。

 もちろん美咲の提案を断る理由を見つけられない麻衣はそそくさと海へ行く準備を始めたのだった。

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