『-one-』

ある夏の一日'09 P1


 午後七時を過ぎ空がうす暗くなり、長い夏の一日がようやく終わりを告げようとしている。

 つい三十分ほど前に帰って来た麻衣は休憩することもなくキッチンに立つと夕飯の仕度をしていた。

「よしっと。ちょうどいい時間になるかな」

 鶏肉と夏野菜とハーブを皿に盛りオーブンに入れると時間を確認してホッとひと息ついた。

(まだまだ慣れないなぁ)

 仕事を定時であがって真っ直ぐ帰って来てすぐに夕飯の仕度をする生活を始めて一週間、慌しさに気持ちばかりが焦った最初の三日間に比べればいくらか慣れて来た。

 とはいえ……一人分の夕飯と二人分の夕飯を作るのはやはり勝手が違う。

「こういうのって……なんか新婚みたい?」

 口にした言葉に恥ずかしくなり頬を染めてしまう。

 共働きで夕飯を用意して旦那様を出迎えるちょっと出来た奥さんというものに少しの憧れがあった。

 そんなことはこの先ないだろうと思っていただけに、話を聞いた時には驚いたけれど正直嬉しくて初日は張り切り過ぎてしまったくらいだった。

 いつものように一人で過ごす夜とは何もかも違う。

 彼を迎えるために部屋を涼しくして料理を作る、毎日一緒にいるのになぜか玄関で彼を迎える瞬間にはいつもと違うシチュエーションにドキドキしてしまう。

 そして今日こそはアレをやりたいと密かに心に決めていた。

(ちょっと恥ずかしいけど……きっと喜んでくれるよね)

 何度も繰り返してきた脳内シミュレーションにますます熱の上がった頬、少しでも落ち着こうと途中だったサラダの仕上げに取り掛かった。

「あ……」

 作り終えたサラダを冷蔵庫にしまっているとちょうど玄関から鍵の開く音が聞こえた。

 麻衣は急いで手を洗いエプロンで拭きながら小走りで玄関に向かうとちょうど陸がドアを開けて入って来たところだった。

「お、お帰りー……」

「ただいまぁー」

 Tシャツと短パン姿に足元はサンダル、身体一つで帰って来た陸はサンダルを脱ぎながら軽く屈むと麻衣にキスをして微笑んだ。

(い、今なら……)

 麻衣は意気込むように拳を握ってから陸を見上げた。

「あー疲れたーあちぃー。シャワー浴びてくるねぇ」

「……う、うん」

 決心も空しく陸はあっという間に浴室へ行ってしまった。

(もう……まただよ)

 すぐに言い出せない自分も自分だけれど、毎日のように帰って来るとまずシャワーを浴びる陸の行動が少し引っ掛った。

「一体……何の仕事してるんだろう」

 本当なら陸は夜になっても熱気の残る街で仕事をしているはずのホスト。

 けれど勤めているホストクラブが改装工事のために二週間の休業をすることになり、代わりに昼間だけオーナーの誠の知り合いの店で働くことになった。

 いくら聞いてもその仕事内容を教えてくれないことに不信感を覚え始めていた。

 ホストの仕事でも隠し事はせずに麻衣の聞きたくない話も誰かに聞かされる前にと打ち明けてくれる。

 その陸がいくら問い詰めても何の仕事をしているのか一切口を割らない、唯一教えてくれたのが「健全な仕事だからやましいこと一つもないから、店のみんなと一緒だから」という何とも怪しげな説明。

 陸がそう言うのだから無理に聞き出してもという思いはあるものの、毎日の様にぐったり帰って来る姿を見ているとますます気になってしまう。

「そうだ……美咲なら何か知ってるかも?」

 麻衣はその日のうちに親友でもあり誠とも親しい美咲にメールを送った。

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