『-one-』
3days P55
--------------------------------------------------------------------------------
さっきまで拗ねていたはずの瞳にはチラッと怒りの色が見える、一体この短時間の間に何が気に入らなかったんだろうと麻衣が首を傾げると陸はますますむくれながら口を開いた。
「他の男のこと考えてたでしょ」
「ウソッ!…………もしかして、エスパー!?」
「ハァ!? 図星!? 何エスパーとか意味分かんないし! ベッドの上に俺と二人きりでいるのに他の男のこと考えるなんて許さないよ」
陸の手が伸びて来たかと思うと麻衣の体はあっという間にベッドに押し付けられた。
だが……陸の体は麻衣に覆い被さったまま動かない。
「……陸?」
「うぅっ……まだクラクラする……」
情けない声を出しながら麻衣の上から下りるとゴロリと横に転がった。
「タオル濡らそうか? それとも水飲む?」
「いい……もう少し横になってたら治るだろうし、それよりこっち来て?」
陸が右手を横に投げ出した。
まるでそこが麻衣の定位置だというようにポンポンと自分の隣を叩く。
素直に従った麻衣が陸の隣に横になり、居心地のいい位置を探すように頭を動かすのを待ってから陸は左手で麻衣の体を抱いた。
「あの男のこと……思い出してた?」
陸に隠し事は出来ないと思った、それに今日あんなことがあったばかりで陸が気にするのも仕方がないと麻衣は小さく頷いた。
「もう終わったことだしいいんだけどさ、昔からあんなんだったの?」
いつもは優しい声の陸もこの時だけは苦々しさの篭った声で呟いた。
(どうしよ……今まで話したことなかったけど……)
過去の恋愛の話をしたところで二人が楽しめるわけもない、でもこのまま言わないでいると自分がその記憶を大事に胸にしまっているような気がしてしまう。
麻衣は迷いながら智親とのことを別れたあの日の出来事まで、かいつまみ時々思い出したように腹を立てながら陸に話をした。
「あのさ……」
話を聞き終わった陸は少し黙っていたがポツリと切り出した。
「男の趣味……悪すぎだろ。って途中で別れようよ! そんな頭のてっぺんからつま先まで怪しい奴の被り物している男、どうして振ってやらなかったんだよ」
少し不機嫌になった陸が呆れたようにぼやく。
確かに陸の言うとおりだった、何度も別れようと思ったのにその度にまるでタイミングを計ったように優しくされ結局言い出せなかった自分。
その結果があの別れた日を引き起こした。
「でもさ……陸……」
麻衣は陸の顔を覗きこむように体を起こすと口元に笑みを作りながら言った。
「趣味悪かったら、陸もそうってことだよ?」
「…………見方によったら俺のが悪くない? だって俺ホストだし」
予想していなかった陸の返事に麻衣は驚くとそのまま言葉を失った。
きっといつものように拗ねた顔をしながら「俺だけは特別!」という言葉が返って来るものだとばかり思っていた。
(もしかして……傷付けたのかな?)
軽い冗談のつもりで言った言葉、今はもうホストだということに慣れたけれどもしかしたら陸はそのことに後ろめたさを感じていたのかもしれない。
麻衣の心は急に不安が広がっていった。
「なーんて顔してんの! ほら、おいで」
陸は笑いながら麻衣の体を自分の上に乗せ、慰めるように背中をポンポンと叩いた。
麻衣は胸に顔を埋めながらトクントクンと聞こえる陸の鼓動を黙って聞きながら遠慮がちに陸の体にしがみつく。
「でも俺はどんなにいい男よりも麻衣を幸せにする自信あるし、麻衣のことを好きって気持ちは誰にも負けてないでしょ?」
麻衣の返事はなかったが陸は先を続けた。
「俺より条件のいい男なんてきっと世の中にはいっぱいいるよ。でもさ……ホストだってことも八歳年下ってこともカバーして麻衣を幸せにする俺はぶっちぎりで麻衣にとってのいい男ナンバーワンでしょ」
それが言葉だけじゃないことを一番知っている麻衣の頭が小さく頷いた。
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]