『-one-』
3days P54
「麻衣ー、クラクラするー」
「ほーら、ちゃんと寝て? 冷たいタオル持って来たから」
麻衣はベッドの上で体を起こそうとした陸を制して、氷水で濡らしたタオルを顔に乗せた。
火照った顔を隠した陸の熱い手が麻衣を手探りで探す。
「麻衣ー、麻ー衣ー!」
「ちゃんとここにいるよ」
情けない声を出す陸に持って来たペットボトルや氷水の入った容器を手早く置くと這うように動いている陸の手をポンポンと叩いた。
(もう……子供みたいなんだから)
「ちゃんといてよ!」
「ちゃんといるでしょ?」
「俺んとこきて! 膝枕してっ!」
「はいはい」
麻衣はクスクス笑いながらベッドに上がると枕を背当てにしてもたれると陸の頭を抱き寄せて足の上に乗せた。
お揃いのパイル地のバスローブをだらしなく着ている陸はぐったりしたまま麻衣に体を預ける。
「なんかグラグラして気持ち悪いー」
本当に具合が悪そうな声を出す陸。
だが原因が原因だけに麻衣はあまり心配そうな顔もせず、顔に乗せたタオルの冷たい面が顔に当たるようにと置き変える。
「これに懲りたらもうお風呂ではナシね」
麻衣はしてやったりとばかりに笑う。
不満そうに唇を尖らす陸もさすがに嫌だとは即答出来ずに口を噤んだ。
散々風呂で楽しんだ後……麻衣よりも長く湯の中にいて麻衣よりも激しく動いた陸は麻衣の中に熱い精を注ぎ込むとへたり込んでしまった。
最初は驚いた麻衣も陸がのぼせただけと分かるとホッとしたように介抱した。
「麻衣ー、水飲みたい」
さっきの陸の面影は消えすっかり子供に戻った陸が甘えた声を出す。
麻衣はベッドサイドに置いたペットボトルを取るとキャップを外し、陸の体を起こそうと背中を支えた。
「陸、起きて? お水あるから」
「飲ませて」
「何言ってるの。ほら……ちゃんと起きて飲んで」
「麻衣が飲ませてよっ! ねぇ……いいじゃん、今日はイヤもダメもなしって約束したっ」
どうやらあの約束はまだ継続らしい。
肝心なところでヘロヘロになった自分に癇癪を起こしている陸、これ以上機嫌を損ねるようなことをしても自分に返って来るだけだと考えた麻衣は水を口に含んだ。
タオルを少しずらして顔を近づける、今度は陸が自分から顔を上げた。
ゆっくりと唇を重ね口の中の水を陸が飲み干すと唇を離した。
陸の唇の端を伝う雫をタオルで拭う、陸はようやく顔からタオルを外すとまだ少し潤んでいる瞳を向けた。
「麻衣……もっと飲みたい」
甘えた子供と艶っぽい大人、その両面を見せる陸が囁く。
(あんなにイジケ虫だったくせに……)
特に今日の陸はいつもの数倍甘えたで、麻衣はまた拗ねるだろうと分かっていても言わずにはいられず口を開いた。
「可愛い、陸」
言うと予想通り拗ねた顔つきになる。
「男に可愛いって言っても褒め言葉じゃないっ」
「それでも可愛いものは可愛いんだから、しょうがないでしょ?」
「嬉しくないっ」
「ふふっ……やっぱり可愛い」
陸と付き合うようになって気付いたことがある。
今まで付き合ってきた人ももちろん一緒に居て楽しいかった、でもいつもどこか緊張していたり気を張っていたりしてデートが終わると寂しさよりも疲れを感じることがあった。
それは相手に好かれたいとかよく思われたいとかそういう気持ちから自分を良く見せようと背伸びしていたから。
ずっと気付かなかったことに気付かせてくれたのは陸、あの恋を終えてから恋愛に臆病になり男性を信じられなかった自分を変えてくれたのも陸。
心に受けた傷を見ないことで忘れようとした自分、でも今回のことは本当に腹立たしくてもう二度と会いたくないと改めて思ったけれど吹っ切るいい機会だったかもしれない。
麻衣はようやく胸の奥に痞えていたものが取れたような気がした。
「麻衣……ちゃんと俺のこと見てよ!」
「えっ?」
急に陸の鋭い声がして麻衣はぼんやりしていた瞳を慌てて戻した。
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