『-one-』
3days P49
大人が足を伸ばして入っても十分余るほど大きなバスタブ。
読書をしながらの半身浴をしたりする時にはこれ以上ないほど快適、でも今は大人が二人で入っても狭さを感じないバスタブの広さが恨めしい。
麻衣は背中をピッタリとバスタブに付けて膝を抱えたまま動こうとしなかった。
「麻ー衣、なぁにその態度」
「だって……」
「だって?」
反対側に座る陸は引き締まった上半身を惜しげもなく晒し、洗ったばかりの濡れた髪をかき上げオールバックにした。
そんな陸が自分の恋人だということに今でも信じられないと思う瞬間だ。
(なんでそんなに格好いいんだろう……)
誰かに話せばバカップルのただのノロケとしか受け取って貰えないだろうから麻衣は決して人前でそのことを口にすることはなかった。
よくマンガとかで主人公の男の子がキラキラ輝いていることがある、実際そんなはずがないのにそういうのを見るとまるで王子様みたいだと胸をときめかせた。
そのマンガの主人公の男の子がそのまま出て来たような気がする。
陸の周りだけがキラキラ輝いて見える、肌を濡らす雫の一粒一粒がまるで宝石のように光り輝いている。
「麻衣……」
陸に見惚れていた麻衣は名前を呼ばれてハッとした。
慌てて陸の顔に焦点を合わせると陸の口元に楽しげな笑みが浮かんだ。
「自分ばっかりジロジロ見るのはズルくない?」
視線に気付かれていたことを知った麻衣は上手く誤魔化すことも出来ず視線を泳がせた。
「それなのに……そんな端っこで小さくなったまま?」
「だって……」
「だって?」
またその続きを言わせようと陸が同じ言葉を繰り返す。
麻衣は少し悔しくて唇を噛みながら正面に座る陸を上目遣いで睨みながら口を開いた。
「また恥ずかしいこと……するつもりでしょ」
「恥ずかしいことって?」
ニヤニヤ笑いながら陸が聞き返す。
(ワザとだ……絶対ワザとだ……)
風呂に入る前に洗面所で散々恥ずかしいことをされた麻衣はさらに目を吊り上げて陸を睨む。
けれど麻衣がいくら怒った顔を見せたところで陸の顔から笑みが消える気配はない。
自分の怒った顔を可愛いと思われていることなど露ほども知らない麻衣はますます目を吊り上げて頬を膨らませた。
「でも、俺ちゃんと約束守ったよね?」
「そ、それはそうだけど……」
陸の言葉にギクッと言葉を詰まらせる。
風呂に入るなり体を洗ってあげるとスポンジを手にした陸、咄嗟に頭の中であんなことやそんなことをされるんじゃないかと想像してしまった麻衣は考えるより先に口が出た。
「私のお願い聞いてくれたら今日は絶対イヤって言わない!」
スポンジで真っ白な泡を嬉しそうに作っていた陸は手を止めると怪訝な顔をした。
「お願い?」
「う、うん。一つだけお願い聞いてくれたらその後は陸のしたいことしていいよ」
言ってから気がついた、実は自分がとんでもないことを口にしたこと。
でももう後には引けなかった、とりあえずこの状況を何とかしたいという気持ちで精一杯だった。
「エッチはしないとかなら却下だよ?」
「それは……言わない」
決してしたくないわけじゃない、むしろ今日は陸をもっとそばで感じたい。
恥ずかしくて陸のように口にすることは出来ないけれど同じように今日は陸にたくさん抱かれたいと思っている。
「じゃあ、なに?」
「お風呂は……普通に入りたい、です」
「俺と一緒に入るってお願いしただろー」
「い、一緒に入る! でも体とか髪とかは自分で洗いたい」
スポンジ片手に張り切っていた陸の顔がみるみるうちに不機嫌になっていく。
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