『-one-』
3days P45
そして、数時間後――
見ているわけでもないのに点いているテレビはそろそろ深夜番組の時間帯に移りつつあった。
「何かやってないっけ……」
ソファに座っていた麻衣はふいに顔を上げるとテーブルの上に置かれているテレビのリモコンへと手を伸ばした。
だが目測を誤ったのかわずかに手が届かず、麻衣はさらに上体を倒して手を伸ばした。
「ブフッ……」
「あ……ごめっ……」
胸を押さえつけるような感触と体の下から聞こえて来た呻き声に麻衣が慌てて体を起こすとニヤニヤ笑う陸の顔が現れた。
麻衣の柔らかい太ももを枕にした陸の顔はいつになくご機嫌だ。
帰宅してすぐにテーブルと床に新しい携帯の説明書やら箱が散らかして、充電しながらの携帯を片手にソファに寝転ぶと陸はすぐさま麻衣の手を引いた。
(まぁ、仕方がないかな)
罪滅ぼしではないけれど心配に心配をかけてしまった陸の願いを今日だけは無視することが出来なかった。
麻衣は大人しくソファに座ると陸の頭を膝に乗せ、自分も新しくなったばかりの携帯を片手に設定の続きを始めた。
「もしかして熱烈なお誘い?」
決して意図的ではないのに柔らかな胸を顔面に押し付けられた陸の機嫌ランクは最上級になったらしい。
夢中になっていた携帯を床に置くと麻衣の方に体を向け柔らかい腰を抱いた。
「麻衣のエッチ」
「テレビのリモコン、取りたかっただけなの!」
「はいはい。もうせっかちさんだなぁ……そんなに待てない?」
言いながら陸は鼻先を麻衣の腹部に擦り付ける。
(待てないのはどっち……)
麻衣はくすぐったさに体をわずかに捩りながら陸の柔らかい髪に触れた。
いつも決まった美容院で定期的にカットとカラーをする陸の髪は男の人とは思えないほど手入れが行き届いている。
麻衣は指を差し入れるとしなやかな髪の手触りを楽しむように梳いた。
「それ……気持ちいい」
陸の声が蕩けたように甘えると麻衣の表情も自然と柔らかくなる。
いつもなら恥ずかしかったり照れくさかったりするこんなことも今日は少しだけ素直に出来てしまう。
すぐ側にいるのに触れていたかった。
あんなことがあったせいかもしれない、陸も同じように思っているのかいつもよりもスキンシップは大胆でいつもよりも甘えてきた。
「眠くなっちゃう?」
気持ち良さそうに目を閉じる陸に囁くように問いかける。
陸は目を閉じたまま首を横に振ると腰を抱いていた手で優しく撫でながらまるで媚薬のように甘く囁く。
「まだ夜はこれからだろ?」
その言葉に恥ずかしくて返事はしなかったけれど咎めもしなかった。
もう覚悟はしていた、ただ仕事の始業前に起きて休むという連絡を入れることだけは忘れないようにと思っている。
これから起こることは分かっているし、もう何度も体を重ねてきていたはずなのに、今夜のようにストレートに求められることに麻衣は今までにない恥ずかしさを覚えた。
マンションに着き玄関に入るなり、それまでずっと我慢していた気持ちを爆発させたのか乱暴な陸の腕にきつく抱きしめられた。
熱い息が髪や耳に掛かる。
「今日はどうしても麻衣を抱きたい。俺ので麻衣の中いっぱいにしたい。お願い……麻衣は俺だけだって安心させて」
こんなこと言われたのは初めてだった。
でもそう言わせたのは自分だと分かっているだけに麻衣はまるで子供みたいにすがり付いてきた陸の体を抱きしめた。
「今日はイヤもダメも言わないで、お願い」
熱っぽい声で囁かれたら首を振ることは出来ず、黙って頷くことだけをした。
でも今は少しだけ後悔している、陸が一番最初に求めてきたことは膝枕じゃなかったからだ。
「そろそろ、だよな」
膝の上の陸がパチッと目を開ける、そして示し合わせたように軽やかなメロディが聞こえて来た。
それは風呂の湯が張り終わったことを知らせる音。
機敏な動きで飛び起きて立ち上がった陸は麻衣に向かって手を差し出した。
「麻衣ちゃん、お風呂入ろ?」
今の麻衣に拒否権はない、部屋に入った時に約束してしまった。
そのときに間髪入れず陸が最初に口にしたお願いが一緒に風呂に入ること。
「お姫様抱っこで連れて行ってもいいけど、今日は連れて行かれるんじゃなくって一緒に来て欲しいんだけど?」
この期に及んで尻込みしている麻衣の心を見透かすような陸の言葉。
一番最初にしっかりと釘を刺しておきながらそんなことを言う陸に少々恨めしい気持ちを抱きながら麻衣は陸の手を取って立ち上がった。
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