『-one-』

3days P44


 最後の言葉が気に食わなかった陸は自分も殴れば良かったとブツブツ言っていたが麻衣はようやくホッとしたように体から力を抜いた。

「なーんか俺たち出番なかったなー」

「ない方がいいですよ」

 場を和ませるような彰光ののんびりした声に誠が冷めた声ですかさず突っ込んだ。

 へヘッ笑う彰光と疲れた様子の誠の顔を見比べていた麻衣は二人に向かって頭を下げた。

「今回もすごい迷惑かけてしまってごめんなさい……」

「ぜっんぜん、平気だけど。もうあんな男には引っ掛かったらダメだよーあれはさすがに男の俺でもちょっと引くわ」

「はい、もう……大丈夫です」

「麻衣には俺がいるんだから大丈夫に決まってる!」

「って麻衣が浮気してるかもしんないーーって泣きそうだったくせにー」

「泣いてなんかねぇしっ!」

 からかわれた陸が声を荒げると捕まえようとする彰光から逃げ回った。

 だがようやく笑顔が戻った麻衣の顔を見た陸は彰光の長い腕に掴まり髪の毛を揉みくちゃにされながらも麻衣に向かって手を伸ばした。

 そっと割れ物に触るように優しく触れた陸の指、だが柔らかい頬を軽く摘まむと引っ張り始めた。

 引っ張られるたびに麻衣の頬が気持ち良く伸びる。

「いひゃいよ……」

「とりあえず……もうこんなことは無しね? 俺、寿命が十年くらい縮まったかも」

「うん……ごめん。もう、大丈夫」

(陸が側にいてくれるし、これもあるし……)

 自分には大切なお守りが付いていたことを忘れていたことに麻衣はソッと左手の指を撫でた。

 指先に触れる硬い感触はきっと陸の意思の強さと同じくらい堅いんじゃないかと思った。

 そしてそれがいつかは二人の絆へと変わればいい、そのためにはもっと自分もしっかりしないとダメだと麻衣は改めて自分の弱さを痛感した。

「ま……今回も雨降って地固まる、だなー」

「でもまぁ……これっきりにした方がいいだろうな。携帯がいくつあっても足りやしない」

 誠の言葉に陸の顔がサッと強張った。

「えっ……携帯って?」

「な、何でもないよ!」

「あ……そう言えばね、陸の携帯に何度も電話したの。すぐに誤解、解きたかったし不安で陸の声聞きたかったから……でも繋がらなくて……ちょっと泣きそうだった」

 素直な麻衣の言葉にますます陸の顔は強張った。

 それを楽しむ兄貴分二人はニヤニヤしながら冷や汗を流す陸を肘で小突いた。

「あーりゃりゃー。携帯繋がらなくて泣きそうだったってー誤解解くために何度も電話したってー」

「それなら、あんな男の言葉に揺れても仕方がないよな。誰だって連絡が取れなきゃ不安になるだろうし、ましてやあんな風に怒鳴り散らした後なら余計にな」

 陸は二人の言葉に冷や汗を流しながら忙しくなく視線を彷徨わせている。

 麻衣だけは意味が分からないと首を傾げ、陸に説明を求めようと視線を向けた。

「ま、後は二人でよろしくやっちゃってー」

「先に言っといてやるよ。明日休んでもいいぞ、どうせ週の始めは暇だしな」

 この後の二人の邪魔はしないと彰光と誠は二人に背を向ける。

 ありがたいようなありがたくないようなそんな言葉を残した二人もネオン煌めく夜の街へと消えていく、もちろん行き先はとっくに開店時間を過ぎたホストクラブ。

 一昨日と同じように二人だけ残されると陸と麻衣はその時のことを思い出したのか顔を見合わせて笑った。

「さてとー。腹減ったし最初の予定通り飯行きますか!」

「そうだね。私もホッとしたらなんかお腹空いてきちゃった! でも、その前に……誠さんも彰さんも携帯がどうのって言ってたけど何の話?」

 どうやら上手く流すことが出来なかったと分かると陸はがっくりとうな垂れた。

 それから恐る恐るポケットから取り出したのはガラクタの入ったビニール袋。

 麻衣はそれを受け取って首を傾げたが街灯に照らすようにして袋の中身を確認するとハッと顔を上げた。

「これ……もしかして……携帯?」

「そう。もしかしなくても携帯と呼ばれてたやつ」

 見るも無残な姿になった携帯に麻衣はようやく電話の繋がらなかった理由をようやく理解した。

「もしかしなくても……陸が壊したってことだよね……」

「えぇっとぉ……まぁ、そういうことになる……かな?」

 陸はヘヘッと誤魔化すように笑ったが間髪入れず麻衣の雷が落とされた。

「ご飯より先に携帯でしょ!! もう何考えるのーーーっ!!!」

 物を大切しろと母親のようにガミガミ叱る麻衣と共に閉店間際の携帯ショップへと急ぐ、まるで子供のように怒られているのに陸の顔から笑みが消えることはなくそれがまた麻衣を怒らせた。

 それでも二人の手は店に入るその時まで繋がれ、一度は離した手も二人並んで座ると正面の店員から見えない場所でしっかりと繋ぎ直す。

 普段は恥ずかしがる麻衣もこの時だけはしっかりと陸の手を握り返した。

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