『-one-』

3days P43


「…………ん、ん……」

 倒れていた智親が気付き体を起こした。

 手で体を支えるがすぐに立ち上がることが出来ないのか軽く頭を振っている。

「おっ、お兄さん気が付いたみたい。大丈夫かー、こーんな細腕の女の子に殴られて伸びてちゃ話になんねーぞー」

 誰よりも面白がっている彰光が智親の側にしゃがみ込んだ。

 立ち上がるために手を貸そうとした彰光だったがその手は無下に弾き返され智親はよろめきながらも自力で立ち上がった。

「ってぇ……まさか今度はパンチでくるとは……テテッ……前の平手とは比べ物になんねぇ……」

「当然でしょ! 本当はあと三発くらい殴りたいくらいなのに!」

「イヤ……それはマジで勘弁……」

 麻衣が再び拳を握ると智親はブルブルと頭を横に振った。

 さすがに三人も智親の言葉に心の中で頷く、あんなのをあと三発も食らったらどうなるか分からない。

「聞きたいこと……あるんだけど」

「何、俺に?」

 まだ頬を擦っている智親は顔を顰めながら麻衣の声に答えた。

 麻衣は黙って頷いたがそれ以上智親が何も言わないと分かると切り出した。

「昔も……最初からそのつもりだったの?」

(麻衣? 何の話?)

 二人の詳しい経緯を知らない陸は首を傾げた。

 だが二人の間にはハッキリと気まずい空気が流れていることに気付き、口を挟みたかったが我慢して事の次第を見守ることにした。

「んーまぁ……最初はな」

「最初は?」

「飲み会で会った時、可愛いくせにあんま男慣れしてないんだなぁって思った。付き合ってた彼女は昔からの知り合いだったせいもあってやたら気が強くてその頃ちょうど嫌気が差してたから違うタイプの女の子と付き合ってみるのもいいかって。まぁ軽い興味本位?」

 麻衣はグッと言葉を呑みこんだ。

「でも、麻衣といると楽しかったよ」

「…………」

「いや……これはマジだって」

 睨み付けられた智親は目の前で手を振りながら逃げるように一歩下がった。

 怖い顔で睨みつける麻衣にいつ殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしている智親だったがさらに先を続けた。

「あの日普通に海行ってドライブして麻衣の楽しそうな顔見てるうちに乗り換えようかなって思った。ぶっちゃけ麻衣の方が可愛かったしな。散々騙してきてんのにそんなことも棚に上げてマジで付き合おうって考えた」

「でも……」

「そう。考えてた所にアイツが乗込んで来て……ってわけだ」

 麻衣が短く息を吐いた。

 当事者の二人以外は黙って見守り、陸だけは他の二人よりも険しい顔をしている。

 陸は何も話さないで俯いてしまった麻衣のことが心配で仕方がなく、自分に何か出来ることはないかと考えたが何も思い浮かばずただソッと麻衣の肩に手を置くことにした。

 だがその手を待っていたのか麻衣は顔を上げると陸を振り返った。

「麻衣?」

「大丈夫だよ」

 全然大丈夫って顔をしていないのに、大丈夫と笑顔を見せられて陸は唇を噛んだ。

 自分がこんなに側にいるのに今この顔をさせているのが他の男のせいだと思うと腹が立って仕方がない。

 だが今は我慢だと自分に言い聞かせた。

「じゃあな、もう会うこともないだろ」

「本当にそうだといいけど」

 智親の言葉に麻衣は皮肉込めて答えた。

「俺も何回も殴られたくないし……もうネタバラしたんだから会っても意味ないだろ」

 最後はあっけない幕切れだった。

 智親がやや自嘲気味に言うと麻衣は何も言わず黙って頷いた。

 それが最後だった。

 だが背中を向け夜の街へと消えて行こうとする智親は一回だけ振り向くときっとそれが彼の素と思われる不敵な笑みを浮かべてこう言った。

「せいぜい幸せになれるように頑張ってみたら?」

 最後の最後に憎たらしい言葉を残し智親は夜の街へと消えていった。

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