『-one-』

3days P42


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 四人が黙って見つめる中、智親はポケットから手を出しゴソゴソやるとその手を麻衣の方へと突き出した。

 陸は咄嗟に麻衣の体を自分の背中へと隠した。

「俺さ、結婚したんだわ」

 突き出された手の薬指にはシンプルな銀色の指輪が填められている。

 四人は一様にしてこの状況を理解することが出来ず、ただ一人智親だけが涼しい顔をして笑っている。

 どのくらい黙っていたか分からない、だが一番最初に口を開いたのは麻衣だった。

「けっ……婚?」

「そう、結婚」

 聞き返す麻衣に特に悪びれた様子も見せず智親は頷いた。

 麻衣の反応を楽しむように冷ややかな視線を向ける智親は得意気に話を始めた。

「あん時の彼女に子供出来ちゃってそれで結婚して今二人目妊娠中? つまんねぇなぁって思ってたら偶然麻衣と再会してこれってもしかしたらまたあん時みたいにヤれるかもって。麻衣って昔から押しに弱いとこあったし雰囲気に流されやすいし、なんか軽く揺さぶったら簡単だったから上手くいくと思ったんだけど。さすがに今回ばかりは読みが当たらなかったなー。おまけにさ……」

 いやー残念残念と智親は指輪のはめられた左手で頭を掻きながらチラッと陸に視線をやった。

「なんかやたらいい男を侍らせてるし前よりも色っぽくなったし? 俺と居た頃は結構大人しくてパッとしなかったのに……ってやっかみ半分ってやつだな」

 まるで淀みない演説のようにスラスラと口から言葉を出す智親は言い終わるとスッキリした顔で麻衣を見下ろした。

「てめっ……いい加減に……」

 最初はポカンとしていた陸はさすがに黙ってられないと口を挟んだ。

(なんで麻衣はこんな奴を……)

 繋いだ手から伝わってくる細かい振動、麻衣が再び涙を流す姿を思い浮かべて陸は悔しくなった。

(こんな奴のために泣くことなんてないだろ!)

 これ以上付き合ってる必要はない、話をするだけ無駄だし自分が一発殴ってすべて終わらせてしまおうと思った時だった。

「それって……」

 掠れた低い声だったが陸はそれが間違いなく麻衣の声だと気付く。

「今度は……私を愛人にでもしようと思ったわけ?」

「愛人? 愛人かぁ……なんかその呼び方エロくねぇ? まっエロいことするんだから同じか」

 下品な笑いをする智親にさすがに誠と彰光も眉間に皺を寄せた。

(絶対ゆるさねぇ……)

 目の前で麻衣をバカにされた陸は今まで散々耐えて来たがついに我慢しきれなくなった。

(殴るっ!!)

 陸が麻衣の手を離して殴りかかろうとした、だがそれよりも早く麻衣の体が動いた。

「フッザケンナーーーッ!!!」

 雄叫びのような麻衣の声が辺りに響き渡り鈍い衝撃音の後に続いた衝突音。

 その光景を目の当たりにした三人はさすがに凍りついた。

 三人の視線は肩で息をしている麻衣の右手、まだしっかりと拳が握られているその手に注がれた。

「すげーーー、右ストレートで一発KOだ」

 彰光は足元に倒れた智親を見下ろすと感動したようにパチパチと手を叩いた。

 そんな彰光とまだ目を白黒させている陸、だが誠だけは誰よりも早く冷静さを取り戻していた。

 怒りに震え拳を握り締めたままの麻衣を見ながらやはり美咲の親友だなと感心する。

 誠は美咲のことを鋭い棘のある薔薇のような女だと思っている、だがまだ棘は目に見えるだけいいむやみに触れたら危ないと気付く事が出来る。

 麻衣は例えるなら鈴蘭かもしれない見た目は可愛らしく守りたくなる、その姿からは想像出来ないが強い毒を内に秘めより深く踏み込めば命だって落としかねない。

 結局のところいつの時代も強いのは男よりも女の方だと思えた。

 そんな妙に感心している誠に気付くことのない陸はまだ目を丸くしながら麻衣と倒れている智親を見比べた。

(まさか……グーで、グーでパンチ。グーパンチ。グーパン……)

 初めて見た麻衣の勇ましい姿に陸は戸惑いを隠せなかった。

 だが麻衣が右手を擦っているのを見るとハッとして赤くなっている麻衣の右手に手を伸ばした。

「麻衣……。手、手……大丈夫?」

「ちょっと……痛い」

 割と冷静な麻衣の声に少しホッとした。

 最初は驚いた陸もようやく自分を取り戻すと麻衣がそこまでしたことを納得した、だが赤くなった麻衣の右手を見るとこんなことなら自分が殴っておけば良かったと思う。

 陸は労わるように麻衣の手を擦った。

「冷やす?」

「ううん、平気……」

 心配そうに声を掛けると笑みを返されて陸はホッとした。

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