『-one-』

3days P41


 反射的に体が動き殴りかかろうとした陸だったが麻衣の視線を向けられると辛うじて思いとどまることが出来た。

 直ぐに対応出来るようにと身構えた誠と彰光はそれが意外で互いに顔を見合わせる。

 数秒視線を交わした二人それぞれ心の中で同じことを呟く。

 ――さすが陸を操らせたら右に出る者なし。

 陸は麻衣を安心させるため涙で濡れた頬を撫で頭上に軽いキスを落とし、それから智親へ向き直るとまるで別人のような氷の刃のように冷たい視線を向けた。

「――ッ」

 その視線の鋭さに智親が息を呑む。

 誠と彰光もあまり見たことがない陸の怒りに染まった視線に体に緊張が走った。

「くだらねぇんだよ」

 怒鳴るわけでもなく怒りの込められた低い声で淡々と続ける。

「十年後のことなんて誰にも分かんねぇとか言うんだったら口出すなよ。お前に出来なくても他の誰が出来なくても俺が出来るって言ってんだからいいんだよ。もう二度と麻衣に近付くな」

 それだけ言うともう話すことはないと相手の返事も待たず背を向けた。

 再び麻衣の前に立った陸はようやく泣き止んだ瞳に迎えられると強張った顔から力を抜いた。

 もう大丈夫? 陸の瞳がそう語りかけるのが聞こえたのか麻衣の頭が縦に揺れる。

 それから麻衣は陸の後ろにいる智親を見て、隣に立つ陸の手を握って小さく息を吐くと強い眼差しを向けた。

(麻衣……)

 本当なら今すぐにでもこの場から攫ってしまいたい、でもここで決着を付けるべきなのは麻衣以外の誰でもなかった。

 自分はそれを見守ってやることしか出来ない、歯痒さを感じたが握った麻衣の手を握り返すことで自分も一緒だと伝えた。

「陸の代わりなんていないし、私は陸を陸の言葉を信じるよ」

「信じる……ねぇ。そんなに簡単に信じて大丈夫?」

「まだ言うか!」

 智親の言葉に思わず一歩踏み出した陸は、麻衣の手が強く握ったことに気付いてどうにか踏みとどまった。

 だが逆に麻衣は一歩前に踏み出すと智親を睨みつける。

「みんな自分と同じだと思わないで」

 普段は見えることのない麻衣の激しい部分が顔を出す。

 ニコニコしていつも陸に守られている麻衣しか見たことのない誠と彰光は険しい顔で男と対峙する姿を見て瞠目した。

「陸とあなたは違う。自分のためなら甘い言葉も優しい言葉も道具のようにしか使わないあなたとどんな時でも自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてくれる陸を比べることすらしたくない」

 感情をぶつけるわけでもなくその言葉は淡々と発せられた。

 陸は斜め後ろから麻衣の横顔を眺めていたが、凛としたその佇まいにさっきまでとは別人のような気がした。

(今すぐ、抱きしめたい……)

 まだ瞳は涙で濡れているものの毅然とした態度の麻衣にはいつもの可愛らしさはない、これが自分の彼女かと驚いたが何かある度に見てきた麻衣の強い一面を思い出した。

「もしかしてバレてんの?」

「えっ?」

 智親の発した言葉に麻衣が戸惑う声を返した。

 二人の様子を黙って見ていた陸は誰よりも早く智親の雰囲気が変わったことを察知するとスッと麻衣の横に並んだ。

 一瞬だけ陸に視線を向けた麻衣はすぐに智親の方へ視線を戻したが、智親の顔に浮かんだ冷ややかな笑みに表情を消して体を強張らせた。

(麻衣?)

 繋いだ手から麻衣の変化を素早く感じ取った陸は警戒心を強めた。

「どういう……」

「あーぁ。麻衣はマジになってるしそっちの男は熱すぎるし。何だこれ、マジで白ける」

「なっ……!」

 智親の嘲笑うような態度に陸はカッとなった。

 だが智親はそのまま言葉を続けた。

「ホントは黙っておくつもりだったんだけど、この際だから白状するけどさ」

 智親がポケットに手を入れた、誠と彰光はさらに警戒を強めすぐに動けるようにと身構えた。

(一体、何を……)

 麻衣を守れるようにと自分の体を前に出した陸は智親の動きに注視した。

 麻衣だけが不安そうに智親を見つめ、その横顔はなぜか青ざめ始めている。

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