『-one-』
3days P39
「とりあえず、麻衣ちゃんに話を聞いてそれからだろ」
「それしかないなー。まぁ振られたら俺が可愛い子紹介してやるから……」
「振られるわけないっ!!」
彰光が冗談で言っていると分かっても上手く受け流せなかった。
それは自惚れなんかじゃなくてそう言わないと心が崩れそうになるからだ、麻衣に愛想を尽かされてしまう不安はふとした時に自分の心を揺らしなくならない。
今までも本当にもうダメだと思った時だってあった、二人の年齢差や自分の仕事で悩むこともあった、それでも最後には何とかして二人で乗り越えてここまで来た。
だからこんな簡単にしかもあっけなく二人が終わるなんて思いたくない。
口ではいくら強気の発言をしても揺れる自分の心が邪魔をして動きを重くした。
「きっと何が理由があるんだろ」
誠がいくらそう言ってもそれは自分を慰めるために言ってるだけにしか聞こえなかった。
とりあえず地下鉄の駅まで行って麻衣を捕まえようという誠の言葉にもすぐには反応出来ず、座り込んだままだった陸は誠と彰光に無理矢理立たされた。
そして電話のあった時間から計算した通りに麻衣は地下鉄の駅から姿を現した。
地下鉄のいつも上がってくるはずの出口の側で待っていた三人は先に出て来た智親の姿を見つけると慌てて物陰に隠れた。
すぐ後ろから麻衣が姿を現すと弾かれるように陸は飛び出した。
「待てって!!」
すかさず二人押されこまれた陸はそのまま二人が深刻な顔で話す様子を少し離れた場所から見ることになった。
(ちっとも聞こえねぇ!!)
離れていることに加えて賑やかな街の喧騒は二人の声を三人の下までは届けることを阻んだ。
表情からでは何も分からない、ただ只ならぬ様子だけは分かるだけに陸の苛立ちはもう限界を超えそうだった。
それを察した誠が動いた。
「もうちょっと近付いてみるか」
陸を押さえ込んだまま誠と彰光は無理な体勢で植え込みの陰に隠れるようにして二人に近付いた。
焦らずにジリジリと近付きちょうど彼らの反対側まで来た三人は動きを止めて耳を済ませた。
「やっぱり麻衣を忘れられない。あんな男といる麻衣を見たくない」
大きな声がハッキリと三人には聞こえた、けれど陸は植え込みに背を向けるように座らされていて様子が分からない。
ただ聞こえて来るのは相手の男の声だけで、麻衣は黙っているのか声が小さくて聞こえないだけなのかまったく聞こえてこなかった。
(あんな男だぁ!? ふざけんな! 俺は少なくともお前よりはマシだっつーの!)
今すぐにでも飛び出したい衝動を抑えて陸は乱暴に地面を蹴りつけた。
それでも二人のいや……一方的にしか聞こえない智親の言葉続いた。
「十年後、三十一になった彼は四十になろうとしている麻衣を今と変わらず好きだと言ってくれる? 今と同じように抱いてくれる?」
「悔しいけど麻衣の彼氏はカッコイイと思う。きっと十年経ったら今よりももっとイイ男になってると思う。その時になっても麻衣を愛してくれるって言い切れるか?」
「年を追うごとに老けていくんだよ。それでも気持ちを引き止めていられるって言える?」
「俺なら同じように年を取っていける。麻衣が四十になっても五十になっても俺も同じように年を取っていくよ」
(何言ってんだ、こいつ……バカじゃねぇの?)
陸は相手の言葉にようやく怒りが冷めていくのを感じた。
そんなくだらないことで麻衣の気持ちを揺さぶろうとしている、麻衣と自分の仲をそんなことで引き裂こうとしている男が哀れにも思えた。
人から言われると大丈夫だと言い返せるし本当に大丈夫だと感じることが出来た。
ただ……一向に麻衣の声が聞こえないことに一片の不安を拭いきれずにいた。
「でもまぁ……あの男が言いたいことも分かるよなー。年を取っても同じように相手を愛せますか? 結婚する時の誓いだって別れる時には何ですかそれだもんなー。そりゃ長年連れ添った古女房よりも若くて可愛い子に誘われたらついフラフラーといっちゃう気持ちは分かるからなー」
「彰さん、陸に蹴られますよ」
感心したように頷く彰光に向かって誠は呆れた顔をしながら顎で陸の足元を指す。
慌てて視線を陸に向けた彰光は右足が準備運動をするかのように動いているのを見て苦笑いをしながらフォローをした。
「それでもあれだぞ! 世の中には金婚式とか平気で迎えちゃう夫婦もいるからなー金婚式って五十年だっけ? すげぇよなぁーほんとそれじゃ二人が死を分かつまでって言葉通りだよなー」
あまり効果のないフォローに陸と誠の視線は冷たい。
二人とも今の真剣に思える相手を出逢ってなかったら彰光の言葉に頷いたかもしれない、それでも今はこの気持ちも相手の気持ちも永遠に続くものだと信じている。
誠の場合は相手の気持ちは不透明だから何ともいえないが……。
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