『-one-』
3days P38
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今から電車で向かうと言う麻衣の返事に機嫌を良くしながら手元にあったタウン誌に手を伸ばした。
(昨夜は無理させちゃったし……今日はやっぱ肉! 焼肉か鉄板焼きってとこだなぁ)
どこか良そうな店はないかと目で雑誌の写真を追っていた陸の黒目がピタリと止まった。
『麻衣ちゃん、もう電車来るよ』
麻衣の声に重なるように聞こえて来たもう一つの声。
陸はページを捲ろうとしていた手を止めて携帯に意識を集中させた。
『乗り遅れてもいいならいいけど』
そんなにすぐに忘れるはずがない、本当はすぐにでも忘れたいけれど一昨日聞いたばかりのムカツク男の声だとすぐに分かった。
(どうして……麻衣と一緒にいる?)
偶然とはどうしても思えなかった。
あの男は間違いなく駅にいる麻衣と一緒にいて、これから電車に乗ることを知っている。
さっき仕事が終わったと言っていた麻衣がどうしてあの男と一緒にいるのか、どうやって考えてもその答えにぶつからずに悩んでいると耳障りな雑音が聞こえた。
『(黙ってて、お願い……)』
聞き取りにくかったけどそれは紛れもなく麻衣の声だった。
陸は体内の血が音を立てて下がっていくように頭の先から冷たくなっていくのを感じた。
(どうして……麻衣、どういうこと……)
それはどう聞いても元彼と一緒にいるということを自分に知られたくなくて言っているようにしか聞こえなかった。
信じがたくてもそれが真実で陸の頭の中には考えたくもない言葉が浮かんだ。
(元彼と浮気……え、この場合元彼だと浮気って言わないのか?)
そこからは訳が分からなかった。
いくら事の真相を確かめようとしても麻衣の口からは明確な答えが出ない、すべてが誤魔化すようにしか聞こえなくて歯痒さのあまり抑えきれずキツイ言葉を麻衣に投げ掛けた。
すぐにその場にいた誠に咎められて冷静になった。
麻衣に謝って落ち着かせてそれからゆっくり事情を聞くつもりだった。
それなのに携帯から聞こえて来たのは聞きたくもない男の声でいくら冷静になれと数秒前に言われたばかりでもこればかりは聞くことが出来なかった。
『別れても麻衣には俺がいるから、心配すんな』
離れた場所からじゃない、ハッキリとクリアな音で陸の耳に届いた。
その後すぐに電話は切れた。
「ふざけんな!!! クソッ!!!」
陸は怒りのあまり持っていた携帯を床に投げつけた。
携帯は激しい音を立てて部品を四方に飛ばしながら使い物にならなくなってしまった。
「あちゃー……」
「何考えてんだよ、お前は……」
誠と彰光は目の前でただのガラクタと化した携帯と怒りで肩を激しく上下させている陸を交互に見ながら深くため息をついた。
(一体、何がどうなってんだよ!)
あまりにも突然であまりにも突拍子のない出来事に陸は訳が分からなくなってそのまま頭を抱え込んで床に座り込んだ。
「陸ーどうしたー? 麻衣ちゃんに何かあったのかー?」
彰光に聞かれてもすぐには答えられなかった。
ちゃんと自分の中で今起こっていることを整理してからだと思っても、分かっているのは麻衣が今元彼と一緒に居てそれを自分に隠そうとしていること。
その元彼が麻衣の携帯から自分に向かって麻衣のことは心配するなと言われたこと。
自分の考察力が低すぎるのかやはり何度考えてみても導き出される答えは一つしか思い浮かばなかった。
「麻衣が浮気……してるかも……」
「ハァ!? そんなわけあるかよ!」
誠は「ないない」と笑い飛ばしたが陸の態度を見て笑いを引っ込めた。
「マジで言ってんのか? この前だってお前ら二人で……」
「この前の男、元彼で……今一緒にいるみたいで……んで、麻衣はそれを俺に知られたくなくて……あの男が麻衣のことは心配するなって」
陸は自分で言葉にすればするほどそれが現実だと突きつけられているような気がして胸が苦しくなった。
浮気なんて言葉は自分達には絶対に縁のない言葉だと思っていた。
(そんなことあるはずがない)
いくらそう思おうとしても実際に自分が居ないところで二人が一緒にいるのを想像してしまうとその思いは簡単に崩れていった。
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