『-one-』

3days P37


 いつになく苛立っていた陸は手の付けられない猛獣のようだったがそれを調教師よろしくとばかりに誠が手綱を握っていた。

「ったくお前は……待てを知らんのか」

「○×☆&□!!!!!」

 言葉にならない訳の分からない声は誠の隣に立っている彰光の両手で口を塞がれている結果だ。

 少しでも油断すれば暴れ出す陸の両腕を後ろで押さえ込んでいる誠はウンザリしながら首を横に振った。

「なんか手が生温かくて気持ち悪いんだけど、俺……そっちがいいなぁ交代してくんない?」

「彰さん、冗談言ってる場合じゃないんで」

「かぁーーこれが女の子なら俺の唇で塞いであげちゃうのにー」

「☆#&$□!!!!!」

 二人のやり取りに陸は目を剥いて足をバタつかせた。

 汚い言葉はかろうじて言霊となって二人の耳に届くことは避けられた。

 それでも思いっきり二人の顔を睨みつけ、その後すぐに視線を元の場所へと移した。

 十メートルほど先の腰ほどまでしかない植え込みの向こう、よく知っている顔と二度と見たくない顔が向かい合っている現場を睨みつける。

(ふざけんなっ!!!)

 二人がどんな会話をしているかは聞こえない、それでもかろうじて見ることが出来る麻衣の横顔を見ているだけで腹が立った。

 それでもその前の電話の時点でキレた時の陸を目の当たりにした誠と彰光に今の方がずっと腹を立てていると言った所で信じて貰えそうにはない。

 それほどまでにさっきの電話は思い出しても腸が煮えくり返り、また思い出してしまった陸は怒りに任せて唯一自由になる足で植え込みに蹴りを入れる。

 だが挟むようにして立つ二人も同じように自由になる足で間髪入れずに陸に向かって蹴りを入れた。

(っだよ! 二人とも俺の気持ちなんか分かってねぇーんだっ!)

 今すぐにでもあの二人の前に出て行きたいのにそれを「少し待て」の兄貴分二人の言葉で足止めを食らっていた。

 さっきの電話を聞いていた二人が怒りをそのまま麻衣にぶつけるのを心配して、そんな風に気遣ってくれるのは嬉しかったがそれでも目の前で自分の彼女が他の男と深刻な顔をして話しているのは見ていられなかった。

 やり場のない怒りを体内に燻らせたまま陸はどうしてこんなことになってしまったのか考えていた。

 一昨日初めて会った麻衣の元彼の男、詳しくは聞いてないけれど麻衣を男不信にさせるようなひどい男だと麻衣のことをよく知っている美咲から聞いていた。

 会ってみれば本当にその通りだった。

 訳の分からない暴言を麻衣に投げつけられ腹を立てたがその時もまたこの二人に止められた。

 悔しくてもそれが正しかったことだと冷静になればなるほど分かって来て、今だってきっと一番最善のことをしてくれているはずだと分かっているのに受け入れられない。

 それほど頭に血が上っている。

 でも一昨日はすぐに怒りは治まった、あんな下らない男を相手にするよりも麻衣に辛い顔をさせた穴埋めをすることだけで頭がいっぱいだった。

 それを無事にやり遂げたら今度は自分の怒りでささくれた心を麻衣に癒して貰った。

 日曜日にたっぷりと誰が何と言おうが自分が麻衣の彼氏でそばにいるべき男だって実感したくて、次の日が仕事だからほどほどにしなくちゃいけないと分かっていても自分の手で麻衣を何度も何度も鳴かせた。

 さすがに目が覚めた時に麻衣の怒っている顔を見て肝を冷やした。

 暫くはエッチ厳禁と言われるのを覚悟していたのにも関わらず麻衣は最後には許してくれて麻衣の仕事が終われば待ち合わせをして食事をするはずだった。

(そうだ……ここまでは何の問題もない)

 冷静に見たら問題は色々あるとは思ったけれどそこは目を瞑ることにする。

 問題なのはそこからだった。

 今日は仕事は休みだったが誠から勉強になるからと改装予定の業者との打ち合わせと新人ホストの面接に付き合わされた。

 それは自分でも勉強になるから苦には思わなかったし実際見て良かったと思った。

 予定通りすべての予定を終えて店の一番奥、オーナーの誠の部屋で彰光を加えて三人で寛いでいた陸は麻衣が何時頃になるのか確認しようと電話を入れた。

「オイオイ、イチャついてばっかいないでたまにはお兄さん達の相手もしろよー」

「今、してるじゃないっすか」

 彰光の軽口に笑って返せるほどの余裕があった。

 だからまさかその後にあんなことになるなんて思いもしなかっただけにそのショックはかなり大きいものになってしまった。

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