『-one-』

3days P33


 いつも仕事帰りにデートをすることが多かった。

 けれどその日は珍しく週末で昼過ぎに智親が車で迎えに来るとそのまま海の方へとドライブへと出掛けた。

 途中、白い灯台がある砂浜に下りた二人は他の恋人達がそうしているように手を繋ぎながら波打ち際を散歩した。

 それから濡れてしまった靴を乾かしながら腰を下ろしてポツリポツリと言葉を交わしながら寄せては返す波の音に耳を傾けた。

 麻衣は付き合い始めてから少しずつ抱いていた智親への不信感が薄れていくのを感じた。

 デートは決まって平日の夜、週末はほとんど会うことがないのに予定を聞いても家にいると返事が返って来る。

 それでも週に一、二度会えるならと文句は言わなかった。

 電話やメールも極端に少なかった、付き合い始める前のマメさが嘘のようだった。

 それでも付き合い始めたらそんなものかもしれないと文句を言うことはなかった。

 智親は一度として麻衣を部屋に呼んだことはなかったし麻衣の部屋にも寄ろうとはしなかった。

 部屋に篭るのは好きじゃないと言われればそれ以上何も言えなかった。

(何かがおかしい……)

 付き合い始めて三ヶ月ほど経った辺りからそんなことを思い始めた。

 休みの日は家にいると言ったはずなのに部屋に篭るのは好きじゃないとまったく別のことを口にする。

 電話やメールも待たなくても自分からすればいいと思ったし実際にそうしていた、けれどメールはしばらく経ってから返事が返って来ることが多いし電話は繋がらないこともあった。

(もしかしたら浮気……とか)

 あまりに不審な態度に麻衣は本気でそんなことを考えた。

 その不安が募って破裂しそうになった麻衣は一度だけその不安を智親にぶつけたことがあった。

「バカだなぁ、麻衣は。そんなことあるわけないだろ。でも心配させてごめんね。俺は麻衣だけが大好きだよ」

 いつものように仕事帰りに食事をしていつものホテルで体を重ねたあと、余韻を楽しむはずのベッドの上で思い切って切り出した麻衣に向かって智親は「可愛い」を連発しながらそれを否定した。

 だからそれからは不安に思っても大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

 美咲が「あの男は信用出来ない、今すぐ別れた方がいい」と何度言っても決して聞く耳を持たなかった。

 それよりもうるさく言う美咲に対して不快感を露わにして、連絡を取る回数をグッと減らして友情よりも恋を取ろうとしていた。

 あの日のデートはそんな不安を吹き飛ばしてしまうほど楽しくて幸せな時間だった、あの時までは……。

 海からの帰り道に智親はその当時人気だったイタリアレストランへと麻衣を連れて行った。

 いつもファミリーレストランやファーストフードで済ませていただけに麻衣はそれがとても嬉しくてタウン誌で見たことのあるこじんまりとした洋風の建物を見ると子供みたいにはしゃいだ。

 二人は手頃なコースを注文した。

 イタリアレストランらしく明るい店内で向かい合わせに座った二人は美味しい料理に会話を弾ませていた。

 けれどその時は突然訪れた。

 さっきまで楽しそうに笑っていた智親の顔が自分の後ろの方に焦点を合わせて顔を強張らせていることに気付いた。

「智くん、どうしたの?」

 この時まで何一つ疑っていなかった麻衣は首を傾げながら優しくて楽しい恋人に向かって声を掛けた。

 智親からの返事はなく相変わらず驚きの視線が自分を通り過ぎていることに不思議に思った麻衣は何を見ているのだろうと振り返ろうとした。

「どういうことっ!?」

 頭上から降り注がれた金切り声。

 あまりに突然すぎて自体を呑み込めない麻衣が智親に視線を移すと決まり悪そうに視線を泳がしている智親と目が合った。

 だが不自然なほどハッキリと視線を逸らされた。

(何かが変だ……もしかしたらこれって修羅場ってやつ?)

 まるで他人事のようにぼんやりと頭の中でそう考えているとテーブルの横に仁王立ちになっているスラリとした自分よりも若い女の子は智親から麻衣へと視線を移した。

「何、人の男取ってんの?」

(人の男……えっ、どういうこと?)

 まるで一昔前のドラマを見ているみたいだった。

 けれど自分はテレビの前にいるわけではなく汚い言葉で罵られている、仲裁に入るべきはずの目の前の男は気まずそうに視線を逸らし、ドラマでは反応を見せないはずの周りの客は無遠慮に好奇の視線を向けてくる。

 麻衣は甲高い声に罵られるうちにようやく状況を理解した。

 智親が浮気していたのではなく自分が浮気相手で、二人の間に立つ彼女にはそこまでして怒る正当な理由があった。

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