『-one-』

3days P32


 これほどこの駅が遠いと思ったことは今まで一度もなかった。

 エスカレーターを立ち止まったまま上がるのももどかしく、人が迷惑そうな顔をするのも気にせずに人波を掻き分けるように地上へ続く階段を上がる。

 その後ろをぴったりと智親が付いてくることに気付いていた。

(どうしよう……店まで付いて来られたら困る)

 麻衣は地上へと続く階段を半分ほど上がったところで足を止めた。

 見上げれば小さな隙間から暗くなりネオンの灯った見慣れた街並みが見える。

 早く陸の側に行きたい気持ちを抑えながら智親とはここで決着を付けてしまおうと心に決めて振り返った。

「私はやり直したいなんて思ってない」

 それ以上の言葉はいらなかった、麻衣の中にはそれしかなかったからだ。

 けれど智親は何も答えずに階段を上がると麻衣を追い越して出口へ向かおうとしている。

「聞いてるの? 私は!!」

「こんな所じゃ迷惑になるから……取り合えず外に出ようよ」

 憎らしいほど冷静な智親に麻衣は唇を噛みしめた。

 それは事実でこれから夜の街へ繰り出そうとしている人たちが立ち止まった麻衣に迷惑そうな視線を投げ掛けて行く。

 智親の言葉に従うことは癪に障るけれど仕方がないと麻衣は足早に階段を上がった。

「じゃあ、どこかに入って……」

 上がった所で待っていた智親は麻衣が追いつくと辺りをキョロキョロと見渡した。

「入る必要ないっ!」

 もうこれ以上陸に変な誤解を与えたくなかったし、店に入るなんて悠長なことをしていられるほどの余裕を麻衣は持ち合わせいなかった。

 力強い言葉に智親もさすがに肩を竦めて見せる。

 人通りの邪魔にならないようにと少し通りへと出た麻衣はすぐに立ち止まった。

 本当ならこんな場所でしかも人前でするような話じゃないのは分かっていても麻衣はさっきの言葉をもう一度口にした。

「私はやり直したいなんて思ってない」

「それはあの男と付き合っているから?」

「付き合ってなくても……やり直したいなんて思わない。別れた時のこと忘れたの?」

 暗くなった街でも辺りに輝くネオンと街灯で少し離れた位置に立つ智親の表情ははっきり見えた。

 麻衣の言葉に一瞬だけ表情を揺らしただけですぐに口を開いた。

「言っただろ、忘れたことはないって」

「じゃあ……自分が何をしたのか覚えてるでしょ?」

(私ははっきり覚えてる……)

 覚えていないと言われたらきっと迷わず手を出しただろうと思った。

 けれどさすがにそうなることはなく智親は「そうだね」と短い言葉で返してきた。

「じゃあどうして平気な顔してそんなこと言えるの?」

「平気じゃないから……ずっと連絡出来なかったって言ったら信じてくれる?」

「信じられるわけないじゃない!」

「でもそれが真実だよ」

 嘘で塗り固められた言葉で武装していた相手の言葉を今さらどう信じろと言うのだろう。

(一度失った信用を取り戻すのは難しいのに……)

 麻衣はそれを自分に置き換えると息も出来ないほど胸が苦しくなった。

 陸から別れを告げられたらどうしよう、もう自分のことは信用出来ない一緒にはいられないと言われたらどうしよう。

 考えれば考えるほど不安で心が引き裂かれそうになった。

「でも……麻衣はあの時帰っちゃって話出来なかったしさ。ちゃんと説明したのに」

 自分のことは棚に上げて自分の説明を聞かなかったことが悪い、まさか露ほども思っていなかった相手の言い分にあまりに呆れて言葉も出なかった。

 智親が話せば話すほど麻衣の怒りは膨れ上がった。

 臨界点を突破して我を忘れてしまいそうな麻衣は少しでも気持ちを落ち着けようと大きく息を吐き出す。

 そしてあの日のことを思い出した。

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