『-one-』
3days P31
呆然としている麻衣に向かって智親は折りたたんだ携帯を差し出した。
「電車、行っちゃったね。どうする、次のに乗る?」
――パチンッ!!!
乾いた音が夕方の混雑する駅の改札まえに響いた。
携帯を片手で受け取った麻衣は反射的に空いている方の手で思いっきり智親の頬を叩いた。
足早に駅に入ろうとしていた人たちがその光景に足を止めていることにも気付かず麻衣は瞳に涙を浮かべながら智親を睨みつけた。
「何なの!? 一体ナニがしたいのっ!?」
叫びながら麻衣は慌てて携帯を押すとすぐにリダイヤルボタンを押した。
(どうしよう……陸、陸、陸……)
呼び出し音がなるまでの時間が途方もなく長い、いつまで立ってもならない呼び出し音に掛け直そうかと携帯を耳から離そうとすると聞こえて来た音に慌てて戻した。
『になった電話は電波の届かないところに……』
聞こえて来たアナウンスに電話を切るとすぐに掛け直した。
だが何度掛け直しても流れてくる無機質なアナウンスに麻衣の瞳から涙が零れ落ちた。
「なんで……」
「麻衣、どうする? 行くの止める? どうせ用事ってあの男と会うだろ?」
「なんでこんなことするのっ!!!」
自分であんなことをしておきながらそれでも平然と言葉を掛けてくる智親の頬に再び麻衣の右手が飛んだ。
だが二度も叩かれるつもりはないとその手を智親の左手が受け止める、すかさず携帯を握っていた左手を振り上げた麻衣だが動かずにいるとそのままだらりと下ろしてしまった。
「こんなことして楽しいの?」
「麻衣……」
「私は陸が好きなの! 陸と一緒にいたいのっ! 邪魔しないでっ!!」
怒りに掠れた声で叫ぶ麻衣は乱暴に右手を振ると智親の手を解いた。
「言ったじゃん、俺……あの日から一日も麻衣のこと忘れたことないんだ。またあの頃のように楽しく出来たらって思ってる」
(何を今さら……)
今さらすぎてその言葉はまったく現実味がなかった。
こんな状況でどうしてそんなことが言えるのか分からないし、聞きたかった言葉は謝罪なり説明なりでそんな言葉聞きたくもなかった。
だが智親はそれ以上口を開こうとしない、買ったばかりの切符を手の中で弄んでいる。
それが麻衣にはひどく癇に障った。
「だから……こんなことしたって言うの?」
「最初はそんなつもりなかったけど……結果的にはそうだね」
(そうだね?)
涼しい顔でそう言い切る智親に麻衣は再び頭に血が上った。
自分が相手を恨むことはあっても決して恨まれるような別れ方はしていないと思っている。
そんな別れ方をしてそれきり何の音沙汰もなかったのに偶然再会したと思ったら今の幸せな生活をグチャグチャに掻き回された。
こんなことになってしまったのはハッキリ言うことの出来なかった自分の責任もある、それでもどうしたって智親が現れたことが一番の原因だと思わずにいられなかった。
目の前で平然としている男に言いたいことはたくさんある。
でも麻衣は智親から視線を外すと真っ直ぐに改札に向かった。
電車の到着を知らせる掲示板と時計に視線を走らせ間もなく電車がホームに入ってくると分かると走り出し、いつもは迷わず選ぶエスカレーターも今日は選ばずに階段を駆け上がる。
(とにかく陸に会わないと……)
連絡がつかなくなってしまったことが今は何よりも不安だった。
陸が店にいることは分かったしきっとあの状況なら誠が頭に血が上っている陸を宥めてくれている、そうあって欲しいと願いながら電車の滑り込んで来たホームへと上がった。
息もつかぬまま一番近い場所へと乗り込むとすぐに扉は閉まった。
麻衣は電車に間に合ったことにホッとしながら乱れた息を整え、自分のすぐ後ろから駆け込み乗車をした男を振り返った。
「俺が原因だからね」
だから一緒に行くのは当然だろ、そう言いたげな顔をして息を整えるため肩を上下させる。
正直一緒に来て欲しくなんかない、陸が智親を見れば烈火の如く怒りを爆発させるのは目に見えているし今度こそそれを止めることは出来ないような気がした。
それでも麻衣は何も言わなかった、智親と言葉を交わすのを拒むことを選んだ。
(ちゃんと話せば分かってくれる)
分かってくれなかったらどうしよう……と弱気になってしまう、その度にこんなことで壊れてしまうような関係じゃないと麻衣は自分を叱り飛ばした。
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