『-one-』

3days P30


 頭が真っ白になって足元が崩れるんじゃないかと思った。

「り、陸……」

『聞こえた。どういうこと?』

「あのね……」

『一緒にいるの? どうして? この前の男でしょ?』

「ち、違うの……」

『違わないじゃん。さっきの声、あの男の声でしょ。はっきり聞こえた、電車乗るの? 二人で?』

(どうしよう……)

 陸の声を聞けば機嫌が悪いことも疑っていることも分かった。

 それなのに弁解する言葉が上手く出て来ない。

『俺との待ち合わせに他の男連れて来るの?』

「ち、違っ」

『何が違うの? じゃあどうして一緒にいるの?』

 次から次へと畳み掛ける陸の言葉に麻衣は何一つ満足に返事を返せない。

 それが陸の機嫌をますます悪くさせ、事態をどんどん悪化させていることに気付いていても麻衣はどうすることも出来なかった。

「何でもないから……し……」

『俺にバレなきゃいいとか思ってる?』

 心配しないでって伝えるつもりの麻衣の言葉を遮るように陸の言葉が重なり、麻衣は言葉を呑みこんだ。

 今までよりもずっと冷たく低い声に麻衣は心臓を冷たい手で鷲掴みされたみたいに苦しくなった。

(違う……そうじゃなくて……)

 思うように言葉にならない、それでも説明しようとする麻衣を遮るように陸が言葉を続けた。

『黙っててってどういう意味? 何、あの男と一緒にいるって俺に知られたくなかった?』

 聞こえてしまわないようにと押さえたはずだったのに陸の耳にハッキリ届いていたことを知り麻衣は完全に言葉を失った。

 疑うような状況を作ったのは自分なのにそれをどうすることも出来ない。

 自分が好きなのは陸だけで他の人とどうにかなるはずがないと胸の中でいくら叫んだところで陸に伝わるはずがないことは分かっていても強張った口は思うように動かない。

 口をパクパクさせるだけの麻衣の耳に電話の向こうで誰かがボソボソと話す声を聞いた。

 途切れ途切れに聞こえて来る自分の名前に多分一緒にいる誠か彰光が口を挟んでくれているんだろうと思いそれが助け舟になるかもしれないと期待が膨らんだ。

『ちゃんと説明しろよっ!!!!』

「――――ッ」

『黙ってないで何とか言えよ! 麻衣ッ!!!』

 電話を通じて陸の怒りがビリビリと伝わってきた。

 鼓膜を突き破るような怒鳴り声に驚いた麻衣の体はビクンと揺れ携帯を握る手は微かに震えている。

『(怒鳴ったら何も言えねぇだろ! バカかお前は!)』

 陸とは違う声が少し離れた所からした。

 それは想像通り誠の声だったがそれに答えた陸はさっきと同じように怒りのままに怒鳴り散らしている。

(どうしよう……こんなはずじゃ……)

 動揺で震える手でどうにか握っていた携帯がスルッと手を離れた。

「え……」

 止めることは出来なかった。

 顔を上げると真横に立った智親が取り上げた麻衣の携帯を耳に押し当てるところだった。

(嘘ッ……待って……)

 慌てて手を伸ばしたが智親はジッと麻衣を見つめたまま表情も変えずに口を開いた。

「別れても麻衣には俺がいるから、心配すんな」

『――――』

 電話の向こうで陸が何か言ったのが聞こえた、でも何て言ってるのか麻衣の耳に届く前に智親の指で通話は終了させられた。

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