『-one-』

3days P28


(良かった、ちゃんと分かってくれた……)

「待ち合わせ場所まで俺も一緒に行く、それでいい?」

「えっ?」

「車に乗るのが嫌なら仕方ないよ。まだ話したいことあるし話なら電車の中でも出来るから」

 ホッとしていた麻衣に智親は畳み掛けるように言葉を掛けた。

 何故と疑問ばかりが頭に浮かんでは消えていく。

 ここまでして話したいことはなに?

 どうして今頃になって?

 あなたの目的はなに?

 本人に問いかけたところで返って来る答えがすべて真実とは限らないことは麻衣は身を持って知っていた。

 だから聞かないし聞きたいと思わない、それでもどうして何年も音沙汰のなかった智親がこれほどまでに執着するのか麻衣にはまったく理解出来なかった。

「行こう、駅はあっちだよね?」

「で、でも……車……っ」

「少しくらい平気だよ。それとも車に乗ってくれる?」

 歩き出した智親に麻衣はコンビニの駐車場に停められたままの車を振り返った。

 まったく気にする様子のない智親に逆に言い返されると麻衣はそれ以上反論出来なくなってしまう。

 無言で駅までの道のりを歩く途中で麻衣はすれ違う人が怪訝な顔をしていくことに気が付いた。

(何か……変?)

 すぐには視線を向けられている理由が分からなかった麻衣だが斜め前を歩く智親の手が自分の腕に伸びていることにようやくその視線の意味を理解した。

「手……」

「ん?」

「手……離して」

 小さな声で言うと智親の足が止まり振り返った智親の視線は真っ直ぐ麻衣に向けられた。

(このまま離してくれなかったら……)

 麻衣の頭にそんな心配が過ぎったが意外なほどあっさりとその手は解かれた。

「ごめん、痛かったよね? 大丈夫?」

「う、うん……」

「跡になってなければいいけど」

 麻衣がようやく解放された二の腕をさすっていると智親は近付いて心配そうな瞳で掴んでいた腕を見る。

 ごめん、ともう一度謝罪を口にする智親の顔を間近で見る。

 少し癖のある髪は相変わらず、年を重ねたと分かる顔、けれど視線をあまり合わせないのは変わっていない。

 あの頃はそんなこと不思議に思わなかったけれど、今になって思えばやましい気持ちの表れがそんな所に出ていたのかもしれない。

 別れた後でも消えない不信感……。

「たぶん……大丈夫」

 まだ掴まれていた感覚は残るものの跡が付くほどではない気がした麻衣が答えると智親の表情が緩んだ。

 次から次へと変わる智親の表情に麻衣は戸惑ってしまう。

 少しだけ微笑みを浮かべた智親がすぐに向きを変えて歩き出すと麻衣は隣ではなく少し後ろに続いた。

(どうしてこんなことに……)

 今なら走って逃げ出せるだろうと思っているのになぜか麻衣はそうしなかった。

 それはあっさりと智親が手を離したからかもしれない、電車なら二人きりじゃないし大丈夫だと思ったからかもしれない。

 その理由ははっきりしないのに麻衣はあれほど憎んでいたはずの男の背中を見ながら歩く。

(そういえば……あんまり手を繋いだことなかったっけ)

 デートらしいデートはほとんどなかった、デートといえば智親の車でドライブするのが定番だった。

 ドライブして食事してなぜか互いの部屋ではなくホテルを利用することが多かった、互いに一人暮らしをして気兼ねすることはないはずなのに外泊したことはない。

 それが麻衣の目には誠実な人だと映った。

(本当は誠実じゃなくてそう出来なかっただけなんだろうけど……)

 智親との再会で今まですっかり忘れ去られていた思い出の引き出しの鍵はすべて開けられてしまったのだろうか。

 次から次へと沸いてくる智親との思い出は頭の中を埋め尽くしていった。

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