『-one-』

3days P27


 強く腕を握られた麻衣が弾かれるように顔を上げるとジッと射るような強い視線とぶつかった。

「何、考えてたの?」

 どのくらい時間が経ったのか麻衣には分からなかった。

 それでも不機嫌そうになっている智親の表情からあまり短い時間でなかったことは想像出来た。

「あの……私、本当に用事があるから」

 チラッと時計を見ると乗るはずだった電車はとっくに駅を出ていた。

 次の電車が何分だったか思い出しながら麻衣は視線を駅の方へと向けた。

「まだ話が終わってない」

「私はもう話すことないから」

 ハッキリと麻衣から拒絶の言葉が出ると智親の表情が悲しげに曇った。

 いけないと分かっていながらそんな顔をする智親にそれ以上強い口調になれなくなってしまう。

 黙りこんでしまった智親が口を開くまで時間にしたらきっとほんの一瞬のはずなのに麻衣にはとても長く感じられた。

 けれど重たい沈黙を破る智親の声がしても気分は重くなるだけでしかなかった。

「送る。今から行く場所まで送る。車の中で話そう」

 そう言うと智親は麻衣の腕を掴んだまま車に向かって歩き出した。

「ちょっ、ちょっとやだっ……」

 強い力のまま引きずられるように少しずつ車へと近付くと麻衣は拒むように足を踏ん張った。

 けれど小柄な麻衣と大人の男の智親の力の差は歴然としている、どんなに頑張ったところで敵うはずもなく麻衣の体は少しずつ智親の車へと近付いていく。

(り、陸……どうしよう)

 自分がとんでもない状況であることに焦りながら心の中で陸の名前を呼んだ。

 この前みたいに颯爽と現れて自分を助けてくれる陸の姿が頭に浮かぶ、もうすぐ陸が来てくれるそう思っていてもいつまでも経ってもその姿は現れない。

 そうしているうちに智親の手は助手席のドアノブに掛けられた。

「ちょっと待って!」

「麻衣ちゃん?」

 自分でも驚くほど大きな声を出した麻衣は空いている方の手で智親のシャツを掴んだ。

(絶対に車に乗ることだけは出来ない)

 それだけは守らなくてはいけない、麻衣はそう思って必死に止めたがその後のことは何も考えていなかった。

 智親は助手席に手を掛けたまま麻衣の言葉を待っている、このまま乗らないと言って素直に諦めてくれることがないことくらいは想像出来る。

 何か良い案がないかと考えようとしても焦っている麻衣の頭では何も思いつかない。

 ただ何も出来ない時間だけが空しく過ぎていく、智親は麻衣の言葉を辛抱強く待っていたがやがてポツリと呟いた。

「俺が拉致るか心配?」

 聞き覚えのある言葉にハッとすると智親は少し悲しげに笑った。

 その通りで言い返せない麻衣は顔を歪ませる、ここでハッキリとそうだと言い返すことはどうしても出来なかった。

 二人の関係はとっくに終わっているのだから車には乗れない、それが純粋な好意から申し出てくれたとしても受け入れられない。

 それが大半の理由だけれどもう一つ乗れない理由が麻衣にはあった。

 智親との思い出は決していい思い出じゃないし思い出したくもない、けれど二人が始まったあの日の夜の智親だけは信じられたし信じたいと思っている。

 それは荒野の中に咲いた一輪の花のように美しい、だからそれだけは守りたいと思った。

 決して気持ちが残っているわけじゃない、それでもあの時は確かに一生懸命彼を好きになった自分がいる。

 色々と嫌なことがあって腸が煮えくり返るようなこともあった、それでも自分の気持ちをすべて否定したくなくて最後の砦でもあるあの夜の出来事はどうしても汚したくない。

 だからもう二度とあの夜のように智親の車には乗れない。

「ごめんなさい」

 麻衣はそれ以外の言葉を見つけられなかった。

 それで智親が諦めて欲しいと願うしかない麻衣は弱気にならないためにも智親から視線を逸らさなかった。

「分かったよ」

 智親の一言に麻衣はようやくホッと息を吐いた。

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