『-one-』
3days P24
太陽が沈み暗くなりかけた街に淡いオレンジ色の街灯が灯り始めた。
灯ったばかりの街灯の下、コンビニの駐車場に停まっている目の覚めるような鮮やかなブルーのツーリングワゴンの助手席のドアにもたれながら腕を組んでいる。
見間違えならいい、人違いならいい、けれど真っ直ぐこっちを見ている人物は紛れもなく一昨日あったばかりの元彼の智親だった。
(な……んで……)
どうして彼がここにいるのか理解出来ずにいる麻衣に智親は勝ち誇ったように微笑んだ。
「お疲れさま」
まるでいつもそうしているかのように自然と言葉を紡ぎ呆然としている麻衣に歩み寄る。
麻衣は自分が夢でも見ているんじゃないかと思った。
どうして彼がここにいるのか、どうして彼が自分に話しかけているのか、あまりに突然すぎる出来事を脳は理解することを拒んでいるような感じがした。
「まだあそこで働いてたんだね」
目の前に立った智親が麻衣が歩いて来た道を振り返るように首を捻った。
麻衣もつられるように振り返り三百メートルほど後方にある灰色の壁の鉄工所を見た。
見慣れているはずのその建物が急にとんでもなく怖ろしく感じ、事務所の小さな屋根を見つめながら乾いた喉を潤そうと唾を飲みこんだ。
「よくこうやって迎えに来たよね」
智親はここから数キロも離れていない大きな工場に勤めていた。
気が向くと智親はこのコンビニの駐車場に車を停めて駅へ向かう麻衣を待ち構え、驚きながらも喜ぶ麻衣の予想通りの反応に満足そうに笑った。
それから二人はいつも近くのファミレスで食事をして近くのホテルへ行って智親は麻衣をアパートまで送った。
「な……んで……」
麻衣は固まってしまった喉の筋肉をどうにか動かして言葉を搾り出した。
掠れた声は麻衣の動揺をそのまま表したようにひどく頼りない。
「麻衣のアパート言ったけど引っ越したみたいだったから。今、どこに住んでんの? 送るよ」
そう言って智親がニッコリ笑う。
麻衣はこの時初めて智親に対して得体の知れない怖さを感じた。
二人の関係はとうの昔に終わっているはずだ、それも自分から別れを告げたわけでもないしもう何年も音沙汰もなかったのに突然こんなことをする理由が分からなかった。
一昨日は偶然出会ってしまったから仕方がなかった、でもこれは違うと麻衣はもう一度唾を飲みこんだ。
「アパートって……どうして……」
「ほらこの前会った時に変な別れ方しただろ? だから気になってさ」
(この人……何を言ってるんだろう)
まるであの出来事は何か別のこととすりかえられてしまったのか、それとも自分の中にある記憶が間違っているのか麻衣は分からなくなった。
麻衣は混乱する頭で記憶を辿った。
一昨日の買い物客で賑わう大通りで注目を浴びたはずだ、諍いをしていた自分を助けるように陸がまるで王子様のように現れてくれた。
その陸と目の前にいる智親が睨み合い、智親の口にした言葉で頭に血が上った陸を誠や彰光が体を呈して止めに入った。
智親を引かせたのも誠と彰光だった。
その後に寄ったカフェのカーテンの陰で人目を盗みながら何度もキスをした、麻衣の唇にワザとショートケーキのクリームをつけそれを舐める陸が子供みたいに笑った。
食べたケーキよりも甘い陸の唇が何度も自分の唇に重なるのを恥ずかしさよりも幸せな気持ちが上回っていた。
何度確認してもその記憶は間違っていない。
そのことがきっかけで意識を手放してしまうほど激しい陸との愛の営み、体のだるさと服の下に散っている愛の証がそれを証明している。
確認を終えた麻衣は頭の中で警告音が聞こえた。
(知らない人みたい……)
麻衣はこんな智親が別人のように思えてならなかった、別れた時でさえ執着心の欠片どころか誠意さえも感じられなかった。
自分の中ではあれほどひどい別れ方をしたことは消してしまいたい過去だった。
陸と付き合うようになってそんなことどうでも良くなっていたがこんな些細なきっかけであの頃のことが映画でも見せられているかのように鮮明になっていく。
「わ、私……用事があるから」
鳴り響く頭の中の警告音は一向に消えない、それどころかまるで耳鳴りのように頭の中を駆け巡っている。
麻衣は早口で言いながら駅へ向かうために歩き出した。
「送るって」
強い口調で言った智親は歩き出した麻衣の二の腕を掴んだ。
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