『-one-』

3days P22


 時計の長針が真下を指すと同時に麻衣はもう十分も前から壁紙のままだったパソコンの電源を落とした。

(やっと終わった……)

 週の最初の月曜日は気が重いのに今日はそれに加えて体のだるさのせいかやる気はゼロというよりむしろマイナスだった。

 幸い忙しくもなくみんなとダラダラと話をしていてもそれを咎める上司はいつものように外回りでいなかった。

 いたとしてもよほどのことがない限り声を荒げない、実に温和な性格の上司とアットホームな雰囲気の町の小さな鉄工所に勤めて十年。

 今はとても居心地が良いけれど昔は街の中心のオフィスで働く煌びやかなスーツを身に付けるOLに憧れた、でも着飾っても見せる相手は油まみれの作業服を着たおじさんしかいない職場を離れることは出来なかった。

 家族のような温かさのあるどこかのんびりとした雰囲気は何にも替え難かった。

「麻衣さん、なんか今日は一日だるそうでしたね?」

「もしかして風邪引きました? 無理しないで下さいね!」

 そう声を掛けてくれるのは麻衣よりも随分年下の事務所の女の子達、麻衣と同じように定時を迎えるのを待ち構えていたかのように帰り支度を始めている。

 麻衣もパソコンの電源が落ちたことを確認してモニターの電源も切り立ち上がった。

「ううん、大丈夫。月曜日はなんかだるくてダメよね……」

 風邪など引いていない麻衣は笑って首を横に振った。

 心配そうにしていた彼女らの顔が何か意味深な笑顔に変わっていくのを見て首を傾げた。

「もう! 相変わらずラブラブなんですねっ!」

「えっ?」

「日曜日はお・や・す・み、ですもんね?」

 不思議そうな顔をする麻衣に彼女達は擦り寄ってくるように近付くとニヤニヤ笑いながらパチンとウィンクする、何のことを言われているのかようやく分かった麻衣はボッと顔を染めた。

(も、もうっ! 何を言い出すかと思ったら……)

 バタバタと音を立てながら財布を引き出しから引っ張り出す。

「きゃーーっ! 図星ですか?」

「な、なにが!?」

 上手く誤魔化せなくて声がひっくり返ってしまい余計に恥ずかしくなった。

「今度お店に行ったらほどほどにしないと麻衣さんが壊れちゃいますって言わなくっちゃ!」

「ちょ、ちょっと、もう! 変なこと言わないでっ」

 相変わらず陸の勤めるホストクラブに通っているらしい。

 しかも麻衣と同じ職場に勤めていることもありオーナーの誠の好意で少しだけサービスをして貰えていると二人の関係を打ち明けた後にそう教えてくれた。

「でも陸くんも陸くんですよ? ホストのくせにー私達が行くといっつも麻衣さんのノロケばっかりで!」

「そうそう! なんかそれが悔しくって私達の方が陸くんよりもずっと長く麻衣さんと一緒にいるって自慢したらすっごい拗ねちゃって……可愛かったよねー?」

「うんうん! なんかもう子供みたいにむくれちゃって! 張り合うみたいに麻衣さんの自慢話始めて!」

 三人が口々に言う言葉に麻衣は恥ずかしくなった。

(もう……本当に恥ずかしい……)

 ホストは本来なら来てくれた女性のお客様をひと時でも夢のような世界へと連れてくれる存在であるべきだと思う。

 もちろんホストの仕事をしている時の陸はそのことを忘れることはないはずだが、やはり麻衣のこととなるとそこは例外になってしまうらしい。

 麻衣としては少々複雑な気持ちだった。

 彼女達が陸と自分の関係を受け入れ応援してくれるのは嬉しい、でもお金を払ってホストの陸に会いに行っていると知ると少し胸が痛んだ。

 ほんの少しだけ醜い嫉妬心が生まれる。

 帰れば客の誰もが知らない素の陸の側にいられるのに、それでも彼女達が自分の知らない所で陸の側にいることが少しだけ妬ましい。

 もちろん話を聞けばそんなのはまったくの杞憂だし、自分が自由に店に行くことを拒んでいるくせに彼女達にそんな感情を向けるのは間違っている。

(私って……心が狭いのかなぁ……)

「それで……私達が行くと最初に必ず聞くことがあるんですよ?」

「聞くこと?」

 ボンヤリしていた麻衣の耳に楽しそうな声が飛び込んできた。

「元気にしてるか? 辛そうにしてないか? って……」

(元気って……毎日顔見てるのに……)

「ほんと愛されてるぅって感じで陸くんもその時はめちゃめちゃ優しい顔になるんですよ」

「麻衣さんは意地っぱりで絶対自分の前では体調が悪くても言わないって」

 麻衣は自然と胸の奥が温かくなるのを感じた。

 くだらない嫉妬をしてしまう自分が情けなく、どんな時でも自分のことを想ってくれている陸のことが急に恋しくなった。

「でーもー自分がこんなに疲れさせてたら意味ないよねー? 今度お店に行ったら言ってやろーーっと!」

「ちょ、ちょっとぉ!!」

 結局話はふりだしに戻ってしまい麻衣は芽生えた甘い気持ちもどこかへ吹っ飛んで誤魔化すことで精一杯になった。

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