『-one-』

3days P21


 場所に抵抗があったのに嫌ともダメとも言えなかった。

「キスしたくない?」
「ほら、もっと大きな口開けないと入んないよ?」

 思ったよりも大きな粒の苺に麻衣は遠慮がちに開けていた口を全開させるしかなかった。

(どうしてこんなに大きいのっ!)

 ケーキの上に乗っている苺はだいたい小さいもんだと思っていたのにどうやらこの店のショートケーキは違っていたらしい。

 恥ずかしさを捨てて開けた大きな口にようやく苺が入って来た。

「可愛い、ホッペがパンパンだ」

 大きすぎてなかなか噛むことが出来ない麻衣を見て陸が笑う。

(もぅ、他人事だと思って……)

 本当なら人の顔を見て笑う陸を怒ってしまうはずなのに、陸の本当に嬉しくて蕩けそうな笑顔を見ているとそんな気持ちはどこかへ消えてしまった。

「じゃあ、次はどうして麻衣がチョコムースを食べたいと思ったのか……理由知りたい?」

 まだ口をモゴモゴと動かしている麻衣は頷いた。

「麻衣のことなら何でも分かるから…………っていうのは冗談。本当はそうなれたらいいだけどな。正解はこの前雑誌に載ってたチョコムース見て食べたいなぁって言ってただろ? それに……そろそろ甘い物が欲しくなる時期、とかっていうと麻衣は嫌かもしんないけど……」

 陸の言葉に心当たりがあった麻衣は正直驚いた。

 確かに雑誌を見てそんなことを言ったような気もするけれどそれは陸に向けていった言葉ではなく何気なく出た独り言に過ぎない。

 そして甘い物が欲しくなる時期というのは……麻衣は自分の頭の中で日にちを確認してそういえばもうすぐだと納得した。

「なんか……陸ってば私よりも私のこと知ってるみたい」

「一緒に暮らしてるからでしょ? 麻衣だって俺がアレ食べたいなぁとか思ってると出してくれることあるよ」

「そう……なのかな?」

(あんまり意識してなかったけど……)

 一緒に暮らしていくうちに自然と相手のことを察することが出来るようになっていたのかもしれない。

 麻衣にはそれがすごく嬉しかった。

 ようやく麻衣の顔にいつもの笑みが戻ってくると陸はフォークを持っていない方の手で麻衣の頬に触れた。

「元気、ちょっとは出た?」

「えっ?」

「変なことになっちゃって……疲れただろ? 笑ってるのに暗い顔してたから、俺の前では無理しないでって言いたいけど……あんな風に俺もキレちゃったしあんま偉そうなこと言えなくて……麻衣が笑ってくれて安心した」

 陸は愛おしそうに目を細めながら麻衣の頬を撫でる。

 その優しい瞳に自分の顔が映りこんでいるのを見て麻衣は胸の奥がトクンと音を立てたのを感じた。

(どうしよう……こんな風にドキドキするのは久しぶりで……)

 目の前にいる陸はいつもの陸のはずなのに着ているスーツのせいなのか、話しかけてくれる声が囁くような低い声のせいなのか、やはり外で会っているからなのか、どうしても知らない顔を見ているような気がした。

 意識すればするほど触れられている頬が熱を持つ、それを悟られるのが恥ずかしいのに手が離れていくのは寂しい、葛藤していた麻衣は恥ずかしさに目を伏せた。

「ね……麻衣?」

「なに?」

 呼ばれて瞳を開けた麻衣は陸の熱っぽい視線にあっという間に捉えられた。

 至近距離から見つめられることにとっくに慣れていたはずなのにまるで初めてそうされるみたいに麻衣の胸はドクドクと早く打ち始めた。

「キス、しよっか?」

「で、でも……」

(こんなところで……)
 今日の陸はズルイ、麻衣は心の中で呟いた。

 キスがしたくなったらそこがどこでも陸はいつでも無邪気な顔をして唇を奪っていく、それなのに今日は麻衣にその選択権を与えようとしていた。

「…………」

「麻衣? したくないならしないから、ね……教えて?」

 いつもみたいに唇を奪って欲しい。

 でも今日はそうしてくれない、麻衣は優しくて意地悪な陸を恨めしそうに上目遣いで睨みつける。

「したくない……」

 麻衣の頬に添えられていた陸の手がピクッと動いた、口を開きかけた陸がすぐに言葉を発せずにいると間を空けず麻衣の小さな声が聞こえた。

「……わけないって……分かってるくせに」

 少し拗ねた口調の麻衣の口元に笑みが浮かんでいるのを見て陸はホッとしたように頬を撫でてからコツンと額を合わせた。

 吐息が触れそうなほど近付いた陸の唇がほんの少し麻衣の唇を掠めるようにして動いた。

「したくない……って言っても多分したけどね」

 陸の言葉に二人が小さく吹き出すと、頬に添えていた手をずらし顎を持ち上げた陸はいつも以上にゆっくりと優しいキスを落とした。

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