『-one-』
3days P18
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「陸ッ!!!!」
智親の胸倉を掴み拳を握った右手を振り上げて今にも殴りかかろうとしている陸。
麻衣は咄嗟に大声を出した。
振り下ろされようとしている陸の右手に麻衣は駆け出そうとする、けれどそれよりも一瞬早く動いた誠と彰光が風のような早さで麻衣の横を通り過ぎ陸の腕を掴まえた。
「お前さ、俺の前でいい度胸してんね」
振り上げていた右手を掴んだ誠が呆れた顔をした。
「そだよー。こんなとこで乱闘したら一ヶ月トイレ掃除させられるって分かってるっしょ?」
彰光は胸倉を掴んでいた手を何とか引き剥がしながら笑った。
それでも気持ちの治まらない陸は智親から離されそうになると暴れ出した。
「トイレ掃除でも何でもやってやるよ! ぜってーコイツだけは殴るっ! そうじゃないと俺の気がすまないっ!」
拘束していた二人の手を乱暴に振り解いたせいで陸はバランスを崩しながらも智親に向かって行った。
「あーもうーちょっとは落ち着きなさいって」
体格のいい彰光が陸を後ろから羽交い絞めにして引き止める。
「彰さん、離せって!」
「すまんがそれは出来ん。俺、基本的に誠ちゃんの下僕だから誠ちゃんのお願いしか聞かないから」
「……彰さん。余計なこと言わなくていいですから」
「そんなのどうだっていい! 早く離せっ! 俺は絶対この男だけは許さないっ! 麻衣のことバカにされて黙ってるような情けない男になんかなりたくないっ!」
(こんなくだらない男なんかのせいで……)
出会った頃に麻衣に拒まれた理由を作った男、それだけでも腹立たしく気持ちを抑えるのに必死だったのに麻衣のことをバカにされたら頭に血が上った。
自分がどれほど願って麻衣のそばにいるか、そんなことをこんなくだらない男に教えてやるつもりはない。
ただ麻衣を傷付けるようなセリフを吐いたあの男を殴り倒したい。
それなのに両脇に通された彰光の手はガッチリ自分を押さえて足をバタバタさせるだけで精一杯、この際蹴りでも構わないと思うがそれも読まれたのか彰光によって後ろへと引きずられた。
「お前の気持ちは分かる。けれど何があっても暴力は振るわせない」
「誠さんはどうせ仕事のことしか頭にないからそんなこと……っ!」
「黙って聞けっ!」
陸と智親の間に割って入った誠は暴れる陸を睨みつけた。
「確かに暴力沙汰になると仕事に影響が出るから困る。でも俺が言いたいのはこんなくだらない事でお前の手を汚すなってことだ。分かるか? お前が麻衣ちゃんにあんな顔させてどうすんだよ」
誠の言葉でようやく我に返った陸は振り返って麻衣の顔を見た。
今にも泣き出しそうな顔をしている麻衣に陸の体から力が抜ける、彰光はやれやれといった表情で陸から手を離した。
「麻衣、ごめん。怖かった?」
「大丈夫……。でも、陸には誰かを殴ったり……して欲しくない」
「うん、ごめん。ごめんね」
陸は麻衣の頭を引き寄せて自分の胸に押し付けた。
伝わってくる小さな震えが自分のせいであることに情けなく思いながら寸でのところで止めてくれた誠と彰光に感謝した。
「さてと……」
どうにか落ち着いた陸を確認した誠は振り返ると立ち尽くしている智親に視線を落とした。
「もうこれ以上君がいても仕方がない、空気読めるだろ」
誠は冷たい声で言い放った。
それでも智親はそこから動こうとはせず麻衣に寄り添う陸を睨みつける。
誠はその視線を遮るように一歩前に踏み出すと冷たい視線で智親を見下ろした。
「言って分からないようなら無理矢理分かって貰わないといけないんだが?」
智親は何か言いたげな表情で誠を睨みつけた、けれど誠の斜め後ろに立っている彰光に威嚇されると結局何も言わずに背を向けて歩き出した。
「ふぅ、やれやれだなぁ」
少しずつ人波に紛れ消えていく智親の姿を見ながら彰光が疲れたように首を左右に動かした。
「ほんと、アイツにはいつも手を焼かされる」
「とか言いながらほっとけなくてついつい口を出したくなる。誠ちゃんも大概熱い男だなぁ、やっぱりこれも血なの……」
「彰さんっ!」
「はいはい」
余計なことは口にするなと睨みつけた誠に彰光は降参とばかりに両手を上げて見せた。
茶化してくる彰光にペースを乱されないように誠は足早に陸の側へと歩み寄った。
「……すみませんでした」
「ほんとだぞ。とりあえず説教は後回しにしてやる」
誠に気付いて麻衣を放した陸が頭を下げて謝ると誠は軽く握った拳を陸の頭の上に落とした。
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