『-one-』

3days P17


「見るからに頭悪そうですよね」

 いつの間にかすぐ後ろに来ていた四人、その中にいた響が何の遠慮もなくその場にいた皆の心の中にあった気持ちを代弁した。

 幸い囁くような声は陸と対峙して興奮気味の智親の耳までは届かなかったらしい。

「お前、誰だよ! 麻衣に馴れ馴れしく触ってんなよ!」

 所有権は自分にあると思い込んでいるらしい、どうしたらそうなれるのか麻衣は考えたくもなかった。

 けれど昼間の賑やかな往来でこれ以上注目を集めることは避けたい、その為にはどうしたら智親が納得して引き下がってくれるのか麻衣は頭を悩ませた。

「麻衣、こっち来いって。まだ話終わってないだろ?」

 智親が遠慮なく麻衣の体に向かって手を伸ばしてきた。

「話すことなんか……」

「馴れ馴れしいのはどっちだよ」

 麻衣が拒絶を口にしたのと同時に陸が麻衣を庇うように一歩前に出て伸びて来た手を弾き返した。

(え……嘘……)

 陸の体に守られながら智親の顔を覗き見た麻衣は初めて見る智親の表情に驚いた。

 どんな時でも自分に自信があって自分が一番と思っている智親が陸の雰囲気に圧倒されている。

 それで簡単に引き下がるような智親じゃないことは誰よりも麻衣がよく知っていた、そしてそれを証明するように智親は気を取り直したように陸を睨みつけた。

「お前、誰だよ」

「名乗るつもりはこれっぽちもないんだけど……自分の彼女に手出されるのは我慢出来ないんだよね」

「自分の……彼女?」

 陸の言葉を口の中で呟くように繰り返した智親はゆっくりと視線を麻衣へと向けた。

 智親の視線は説明を求めるようにジッと麻衣を見つめ、陸はその視線からも守るように麻衣の体を自分の後ろにやろうとした。

(このままじゃいけない……)

 陸が自分を守ってくれようとしているのは嬉しい。でもどこれは自分がハッキリさせないといけないことだと麻衣には十分すぎるほど分かっていた。

「そうだよ。私は彼と付き合ってるの、こんなことされても迷惑だけだから」

「麻衣……お前……」

「もう話すこともないし、どこかで会ったとしても話しかけないで」

(言った、はっきり言えた……)

 最初からこう言えば良かった、そうしたらきっとこんなことにはならなかった。

 智親をこうさせてしまったの原因の一つはハッキリしない自分の態度もあったのだと麻衣はようやく理解した。

 麻衣は真っ直ぐ智親の顔を見た、そうすることで自分の気持ちの強さを示すように。

 気まずそうに智親の視線が自分からずらされる、ホッとした麻衣はまだ厳しい顔をしている陸を見上げた。

「陸、行こ?」

「ん、そうだね。これ以上ギャラリー増やして麻衣をジロジロ見られたくないし」

 麻衣はいつの間にか出来ていたちょっとした人だかりに目を向けると恥ずかしさでパッと顔を伏せた。

(私を見てるんじゃなくて……みんなが目立ち過ぎてるだけだと思う)

 自分一人だけならここまで注目は浴びてないはず、陸だけならまだしも離れていない位置で威嚇するように立つ他の四人がいれば嫌でも人目を惹いた。

 ただ歩いているだけで人を惹き付ける人たちが通りでこんなことをしているんだから当然といえば当然だった。

「もうっ……恥ずかしい、早く行こう!」

「照れてる麻衣も可愛いし、俺はこのままでもいいけどなぁ」

 顔を染める麻衣とは違い人から見られることに慣れている陸は平気な顔をして笑った。

 あんなことがあったばかりなのに普通に笑いかけてくれることは麻衣にはすごく嬉しくて嫌なことはあっという間に忘れてしまいそうだった……。

「麻衣、騙されるな!」

 そう簡単にことは収まらなかったらしい、ようやく我を取り戻した智親が背を向けた二人に向かって大声を出した。

「お前騙されてんだよ! そんな派手でチャラチャラしてる男が麻衣なんか相手にするわけねぇだろ、遊ばれて捨てられるに決まってんだろ! お前みたいなどこにでもいるような女を本気で相手するなんて信じてんのか? どうせ金でも貢いで付き合って貰ってんだろ」

「なっ……」

(陸のことを何も知らないのに……)

 どうしたらそんな失礼なことが言えるのか麻衣にはまったく理解出来ないし理解しようとも思わなかった。

 もうこんな男のことは相手にする必要ない、そう思っても智親が口にした言葉だけは聞き流すことが出来ずに麻衣は怒りに任せて振り返った。

「ふざけな……っ」

「こっちが大人しくしてると思って……ふざけてんじゃねぇぞっ!!」

 麻衣が口を開くと同時だった。

 隣に寄り添うように立っていた陸の体が離れたと思ったら次の瞬間には二メートルはあった智親との距離はあっという間に詰められていた。

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