『-one-』

3days P13


 麻衣は自分の行動を振り返って落ち込んだ。

 自分は雰囲気に流されやすい。

 そして今もなんでこんなことになっているんだろうと思わずにはいられなかった。

 運ばれて来てから一回も手を付けていないアイスコーヒーのグラスに手を伸ばすフリをして視線を上げた。

 チラッと見ただけなのにバチッと目が合った。

(やだ……ずっと見てたの?)

 小さな丸テーブルを挟んで向かい側に座っているのはあの頃よりは少し老けた感じはするが相変わらず人の良さそうな笑顔を見せる川上智親。

 麻衣の元彼でありまた麻衣がこの世で一番憎いんでいる男でもある。

「すげぇ偶然だよな? まさかこんな所で麻衣と会うなんて思わなかった」

 馴れ馴れしい話し方は相変わらずで麻衣は不快感でいっぱいだった。

 氷の溶けかけたアイスコーヒーには表面に溶けた氷で出来た層が出来ている。

 麻衣はそれをストローで乱暴にかき混ぜてから一口吸い込んだ。

(まずい……)

 濃くて苦い黒い液体の喉越しは最悪だった。

 それでも何とか飲みこんですぐにグラスの水に口を付ける。

 その間もずっと智親が視線を送っていることに気付いていたが極力顔を上げないようにして自分の手元を見つめることに努めていた。

「麻衣、もしかして久しぶりに俺に会って照れてる?」

「…………」

 麻衣は思わず顔を上げてしまった。

 あまりにも無神経なその言葉に呆れて言葉も出なかった、けれど向かいに座る智親は顔を上げた麻衣を見てどう勘違いしたのかそれが図星だと認識したらしい。

 ニコニコと笑っていた顔が自信たっぷりの笑顔へと変わる。

(変わってない……)

 麻衣は元彼の成長のなさにうんざりした。

 付き合い始めた当初は良かった、けれど日を重ねるごとに彼はその本性を表していった。

 よく言えば誰にでも優しい超ポジティブな人、でも裏を返せば八方美人の自己中心の塊の男。

 自分の欲を満たすためなら笑うことも落ち込むことも甘い言葉を囁くことも嘘を吐くことも平気な人。

 そのことに気付いたのは別れる少し前。

 本当はもっと前からおかしいと思っていた、でも彼のことが好きだった自分はそのことを受け入れる勇気がなかった。

 自分の前では優しい智親を信じていればいいと思い込んでいた。

「麻衣、綺麗になった」

 呆れた表情をしている麻衣に向かってそんなセリフを言う神経が分からない。

 麻衣は数分前に再会した時にどうして断らなかったんだろうと何回目になるか分からない後悔をした。

(また雰囲気に流されてしまった……)

 人通りの多い大通りで逃げられない状況を作った智親の作戦勝ちだった。

 ――そうだよな。自分を傷つけた男と話したくなんかないよな? そうだ今俺を殴ってくれよ。それで麻衣の気が済むなら俺はいくらでも殴られるよ!

 買い物客の行き交う通りの真ん中でそんなセリフを大声で言う。

 それが相手の作戦だったと思い出した時にはもう近くのカフェの中にいた。

「綺麗になったけど……恥ずかしがり屋のとこは変わってないな。そんなとこも可愛いけど」

 麻衣が何も返さないのに智親は気にする様子もなく話しかけてきた。

 心の篭ってないそのセリフに麻衣の腕は粟立ち、顔が引き攣っていくのを感じた。

(よくもそんな思ってもないこと……)

 こんな風に善人面で嘘を吐く、女の子の気を惹くためならどんなこともする。

 それがホストと通じるものがあって嫌いに嫌っていた、すべての原因はこの男に出会ってからで陸のことを最初に受け入れられなかったのもそのせいだった。

(陸……)

 陸のことを思い出したらすごく恋しくなった。

 今すぐ会いたい。

 幸い店はすぐ近くだし開店時間までどこかで時間を潰して久しぶりに客として店に顔を出そうかと考える。

 嘘のない真っ直ぐな瞳に見つめられて屈託のない笑顔を見たい、今ならみんなの目を盗んで店の裏で抱きしめてもらってキスするくらい大胆なことだって出来るような気がする。

 陸のことを思い出せば思い出すほど恋しさは募っていった。

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