『-one-』
3days P10
青天の霹靂――急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。
辞書で引くとこんな説明書きがしてあるはず。
それを正しいと身を持って証明した麻衣は目の前に座る男を見てどうしてこんなことになってしまったのか考えていた。
急に仕事になってしまった美咲と別れ買い物をしようと移動途中、立ち止まった信号で目の前を通り過ぎた車に視線を奪われた。
少し前の型のワインレッドのツーリングワゴン。
一瞬で通り過ぎて運転していた人物まで確認することは出来なかった、けれど麻衣はその車が小さくなっても視線を外せずにいた。
歩道の信号が赤から青に変わっても動けずにいた麻衣、それを少し迷惑そうに避けていく人達のことも気付かない。
同じ車の助手席に乗っていたのはもう何年前だろう。
今はとても幸せだし自分のことを何よりも大切にしてくれる陸のことをとても大切に思っている。
それなのに何年も前に付き合っていた彼の車種をまだ覚えている。
それは決して懐かしさから来る感情でも、もちろん甘く切ない感傷でもない。
ただ今みたいに時々フッと昔の記憶が掬い上げられる瞬間があった。
友達を介して知り合った彼と初めて二人きりで会った時も彼はワインレッドのツーリングワゴンに乗って待ち合わせのコンビニの駐車場で待っていた。
「麻衣ちゃん」
まるで何年も前からの知り合いのように親しげに呼びかけられた。
運転席に座り全開にした窓から顔を出して現れた麻衣にはにかんだ笑顔を向けた。
「ごめんなさい……ちょっと遅くなっちゃって」
「全然待ってないよ」
彼の名前は川上智親(カワカミトモチカ)一週間前に友達との飲み会(いわゆる合コン)で知り合った同い年の男の子だった。
何となくその場の雰囲気に負けてメールアドレスを交換したのが始まり。
その日のうちに「会えて良かった」とメールが届いたかと思うと次の日の夜には他愛もない内容のメールを送ってきた。
その積極的な智親に最初は気後れしていた、けれどメールのみで電話番号を知ってもいきなり掛けてくるようなことはなかった。
しかもメールの中で「俺が送りたいだけで返信とか無理しなくていいよ。もし送るのも迷惑だったら悲しいけどハッキリ言ってくれた方がいいかな」とまで書いてある。
その言葉に何となく気を許してしまった。
メールのやり取りを始めて四日目、寝る前に日課になっていた数回のメールをやり取りをして智親からのその日のメールには「おやすみ」ではなく「電話、してもいいかな?」と書かれていた。
断る理由は見つからなかった。
むしろそのメールで跳ね上がってしまった体温と心拍数の理由を見つけてしまうのが怖かった。
すぐに返信画面を開いていて短い一言を打ち込んだまま、何だかそれをすぐに返してしまうのが恥ずかしくてワザと部屋の片づけをしたりしてしまった。
それでもいつでも携帯を目で追ってしまう自分に負けて送信ボタンを押した。
この時のドキドキはきっと経験した人にしか分からない。
胸の奥が痛いようなくすぐったいようなひどく落ち着かない気持ち、待っていたのはほんの少しの間のはずなのに自分には何十分にも感じてしまう歯痒さ。
それなのにいざ携帯が聞きなれない着メロを流してもすぐに着信ボタンを押せない。
「フゥ」
短く息を吐いてボタンを押して携帯を耳に当てた。
「もしもし、川上……です」
記憶にあった智親の声と少し違う印象に戸惑った。
飲み会での智親は周りの女の子が置いていかれないようにと適度に場を盛り上げ、それでも時々隣に座った女の子と親密に会話をしていることもあった。
麻衣の目にはそれが女慣れしているように映った。
だから帰り際にメールアドレスを聞かれた時も教えようか迷っていたけれど結局流されてしまって帰り道に後悔してアドレスを変えようかと思ったほどだった。
それが今電話の向こうにいる智親の声はぎこちなさが感じられる。
「もし、もし?」
麻衣がすぐに返事を返さずにいると心配そうな声が聞こえて来た。
「あ……はい、田口です」
「良かった……もしかして間違えてかけたかなって思って」
ホッと息を吐いたのが分かった。
彼は自分が思ってるよりもいい人なのかもしれない、麻衣はそんな風に思い今まで智親に対して抱いていた感情を改めることにした。
(話が上手だな……)
智親との電話は思っていたよりも楽しくて時間を忘れた、その日は三十分ほど話して電話は切れた。
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