『-one-』
3days P9
そんな悠斗が店に戻ったのは、陸が牛丼を完食しデザートのプリンに手を伸ばした時だった。
「早いなー」
それは棒読みでもトップクラスの棒読みで、チラッと視線を上げただけの陸はプリン片手にどこかにあるはずのスプーンを探していた。
はっきり言って陸の意識はすべてプリンに注がれている、だから泣き出しそうな悠斗の表情に気付いたのは牛丼を食べ終えて一服中の彰光だった。
「悠斗、どしたー? ゲーム売り切れだったかぁ?」
それが検討違いとも知らず、けれど優しく声を掛けてくれた彰光に悠斗の体から力が抜けた。
膝から崩れるように落ちまだ呼吸が整わないのか肩が大きく上下している。
「悠斗?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか響が声を掛けた。
けれどすぐには返って来ない、その代わり悠斗は膝立ちのまま三人のいるテーブルへと近付いた。
ちょっと普通じゃない悠斗の様子に陸もようやく見つけたスプーンを握り顔を上げると三人は互いに顔を見合わせた。
(まさか……ゲームが買えなかったとかじゃないよなぁ)
思ったよりも早く戻って来た理由もこんなに息を切らしている理由も動揺して声が言葉にならない理由も陸にはさっぱり分からない。
「取りあえず落ち着け、水でも飲むか?」
荒い息を繰り返す悠斗に陸はペットボトルの水を差し出した。
けれど悠斗はそれを受け取らずテーブルに手を付くとそのまま体を起こして陸の顔を見つめた。
「ま……ま……ま……」
「発声練習か?」
「陸さんっ!!!」
「うわっ!? な、なんだよ……いきなりでけぇ声出すなって!」
陸は手の上で跳ねる開けたばかりのプリンを何とかキャッチして悠斗を睨みつけた。
それでも悠斗はプリンなどには目もくれず陸の顔を覗きこんで意を決したように口を開いた。
「麻衣さんが浮気してますっ!」
その場の空気が凍りついたのは一瞬。
次の瞬間には三人の爆笑が店中に響き渡った。
「お前ねー、面白すぎ。で……こんなに早く戻って来てどうした? もしかしてゲームの名前忘れたのか? だからメモってけっつっただろー。響、なんか書くもんない?」
「フロントに行けば……ちょっと待ってて下さいね」
まったく取り合わない陸とそれに習う響のやり取りを見ていた悠斗は立ち上がった。
「陸さんっ!」
「声でけぇって」
「ホントですっ! そりゃ陸さんは信じたくないかもしれないっすけど……これ見たら信じますか!」
眉間に皺を寄せて耳を塞ぐ陸に構うことなく大声を張り上げた悠斗はポケットから取り出した携帯を開いて陸の顔の前に突き出した。
悠斗は衝撃的現場から走り去る前に芸能記者宜しく密会現場を激写していたのだ。
あまりに近すぎて焦点の合わなかった陸は少し体を離し突き出された携帯の画面を覗き込んだ。
「………………」
彰光と響も陸に顔を寄せるように画面を覗き込む。
それは少々ブレているガラス越しに写された一枚の写真、小さな丸テーブルを挟むようにして向かい合って座る男女の姿だった。
男の顔は分からない、けれどかろうじて分かる女の顔は紛れもなく麻衣だった。
言葉を失った陸がゆっくりと視線を上げたのはだいぶ経ってから、写真から視線を外しそのまま悠斗の顔を見上げる、
その視線の鋭さに悠斗は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げてもう少しで携帯を落としそうになった。
「お前、俺をハメようとしてるんじゃねぇよな?」
陸の顔から笑みが一切消えた。
「ち、違いますっ! そんなことするはずが……っ」
「おいおい、そんな怖い顔したら悠斗がビビるだろ? 悠斗も驚いて早く知らせなきゃって急いで戻って来たんだろ?」
優しい声で二人の間に割って入った彰光は今にも殴りかかりそうに震えている陸の腕を優しく掴んだ。
助け舟を出してくれた彰光に悠斗は何度も頷いて返す、そうすると陸が長く深い息を吐いて立ち上がった。
「ちょっと出てくる」
「どれ、俺も付いて行くとしますか」
強張った顔つきの陸に続いて立ち上がったのは彰光。
歩き出した陸は振り返って彰光に「付いて来ないで欲しい」と視線で訴えたがそれは聞き届けられなかった。
「真昼間から乱闘騒ぎになったら……誠ちゃんが怒り狂うっしょ」
茶化しながら彰光は足早に出て行く陸の後ろ姿を追いかけるようにして出て行った。
店に残された二人はきまずい沈黙に同時にため息をついた。
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