『-one-』

3days P8


 悠斗はたった今歩いて来たばかりの道を引き返していた。

 鳥の巣だった髪の毛もどうにか見られる程度まで手櫛で整え、だがネクタイは緩んだまま口元はへの字になり「不満」と顔に書いている。

(あの人達……絶対子供だっ!)

 悠斗の言う「あの人達」というのは言わずもがな陸・彰光・響の三人のことだ。

 どこのタレントだと言わんばかりにゲーム機を持ってポーズを決めた三人はポカンとしている悠斗を気にすることもなくさっさと歩き出した。

 悠斗が気付いた時には十メートルほど離れていて「薄情者!」と叫びながら追いかけた。

 てっきり昼から焼肉とか高級な食事にありつけると思っていた悠斗は少々ガッガリした、だからといって「それじゃあ、後で」と帰るつもりもなく三人の後を付いて行く。

 三人の向かった場所は職場、ホストクラブ『CLUB ONE』だった。

「店に何の用っすか?」

 そんな惚けた質問に答えたのは何かと神経を逆撫でしてくれる男、響だった。

「だからゲーム。もしかしてもう忘れたの?」

「覚えとるわっ!」

 頭悪いよね……そんな心の声まで聞こえてきそうな響の表情に悠斗は力いっぱい否定した。

 彰光が裏口の鍵を開けると三人+一人はぞろぞろと店の中へ入っていき、ロッカーのある男臭いスタッフルームではなく、まだ開店前の静かなフロアへと移動した。

 そして入り口に一番近いテーブルに下げていた袋から食べ物や飲み物を出し着々と準備を整えている。

 それを悠斗は何をするわけでもなくポカンと見ながら誰にというわけでもなく声を掛けた。

「え……ここでゲームやるんすか?」

(なんのために?)

 そんな心の声まで三人に届いたかどうかは分からないが三人はさっき悠斗に見せたゲーム機を手にとってポーズを作った。

「俺たち、ゲーム仲間ですから」

 抑揚のない声で響が言うと少し変だ。

 けれどポーズもキメ顔もバッチリ決まっていて悠斗がなんて言っていいのか考えているとソファの真ん中に陣取っている陸が口を開いた。

「通信で協力してやれるの。俺や彰さんはまだまだだけど、響はマジすげぇからフォローしてもらってんの」

 そう言うと響が勝ち誇ったような視線を向けてきた……ような気がしたのは悠斗だけだ。

 ようやく自分がその輪の中に入れない理由を知りこれからどうしようかと思っているとキッチンからグラスを持って戻って来た彰光がしょげている声を掛けた。

「お前もやる?」

「えっ! いいんすか?」

「別に構わないよ。四人でも出来るし、なぁ?」

 最後の言葉は残りの二人に向けられている、悠斗は慌てて陸と響を見たが二人とも異存はないらしく特に口を挟まない。

 というよりすっかり冷めた牛丼に夢中になっている。

「でも、お前ゲーム持ってんの?」

 そうこの素晴らしき輪の中に入るためには自分も同じゲーム機を持って決めポーズを決めなくてはいけないのだ。

 あまりゲームに興味のない悠斗はそんなものは当然のことながら持っていなかった。

「今から買って来ます!」

 そう言って数秒後には店を飛び出した。

(俺って……やっぱアホかも……)

 財布の中身を確認して少々心許なさを感じて途中ATMで金を下ろす、その残高には目を瞑ることにして悠斗はとりあえず近場で手に入れようと近くのデパートへと向かっていた。

 ゆったりと歩く人並みを縫うようにして先を急いでいた悠斗は視界の端に一瞬映ったものに気を取られて足を止めた。

(麻衣……さん?)

 密かに(周りにはバレバレだが)想いを寄せている麻衣の姿を見間違えるはずもない悠斗の視力は正しかった。

 振り返ると白い壁、通りに面した大きなガラス張り、中の様子までよく見えるお洒落なカフェ、その窓際のテーブルに向かい合って座る男女の姿を目に捉えて唖然とする。

 そこにいるのは間違いなく麻衣、けれど向かい合って座る男は彼女の恋人ではない。

 もちろん麻衣の恋人が今頃店のソファで牛丼を食べていることは知っている、だからそれが陸でないことくらい分かっていたがそれでも信じられなくて男の顔をジロジロと見る。

(も、もしかして……)

 その後に続く言葉を心の中とはいえ口にすることに躊躇いを覚えた。

 「麻衣さんに限ってそんなはずない」、とありきたりな言葉を呟きながら悠斗は今歩いて来たばかりを全力疾走で駆け出した。

(何でこんなに走ってんだ、俺)

 もう上着の下のシャツは汗でベタベタで気持ちが悪い、それでもスピードが緩むこともなくそれどころかむしろ悲鳴を上げる体に鞭を入れた。

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