『-one-』

3days P7


「ひでぇ……俺何もしてねぇのに……」

 ようやく陸から解放されてポツリと呟いた悠斗の髪はセットの跡形もなくグシャグシャの鳥の巣になっている。

 度を越した陸のヘッドロックの結果だった。

「後でセットし直してやるから」

 年齢的にも精神的にも一番大人な彰光が半泣きの悠斗をヨシヨシと慰める。

 その優しさに悠斗の涙目はさらに潤み彰光の顔を見上げると顔をクシャクシャにして両手を広げて抱き着いた。

 いや……正確には抱き着こうとした、けれど抱き着く前に彰光の手で額を押し返されて手をバタバタさせてもシャツに指先が掠るだけだった。

「俺も抱き着かれるなら女の子がいいし」

「ここは可哀想な後輩を優しく慰める先輩の図! じゃないっすかっ!」

 それでも抱き着こうとする悠斗だがまるでコントのようにいくら頑張っても彰光の体を抱くことの出来ない手が宙を掻いている。

 それもそのはず彰光と悠斗の身長差は二十センチはあり、彰光の手の長さと悠斗の手の長さはあまりにもかけ離れていてしかも普段から重い物を持って鍛えられた彰光の腕力に敵うはずもなかった。

 どう見ても彰光に遊ばれているとしか見えないのに必死になる悠斗、それを見て呆れとほんの少しの羨ましさを覗かせていた響が小さくでも聞こえるように呟いた。

「自分で可哀想とか言ってるとかホント可哀想だし」

「お前の可哀想はどうしてバカにしてるようにしか聞こえないんだ? あぁ?」

「それはバカにしてるからだよ。よく分かったね」

 ようやくもがいていた手を止めた悠斗が響を睨む、一触即発な雰囲気だけれどこんなやり取りもいつものことで陸と彰光はあえて口も挟まずに歩き始めた。

 響と悠斗も口論(騒ぐ悠斗を適当にあしらい)ながら二人の後ろを付いて行く。

「それで……どこで飯食うんすか?」

 大通りに戻ったところで悠斗が切り出した。

 その言葉に三人は足を止めて振り返る。

 同時に三人に視線を向けられて悠斗は困ったように視線を泳がせながらももう一度尋ねた。

「飯……奢って貰うんじゃないのか?」

 今度の言葉は響一人に向けられている。

 そうすると今度は陸と彰光と悠斗の視線が響に向けられた、だが響はまったく物怖じしないで三人の視線を受け止めて口を開いた。

「そんなこと言ってないし」

「えぇっ!? だって昼頃、陸さんと彰さんと待ち合わせだって!」

「それで昼飯奢って貰うとか考える方がどうかと思うけど」

 確かに響の言うとおりだったが、普通はそう考えてしまうだろう! と悠斗は反論したくなった。

 けれどここで反論した所で響に口で勝てるはずもなく口を閉じた。

「何、飯奢って欲しくて俺たち追いかけて来たの、お前?」

「………………そうっす」

 確認するように彰光に問われた悠斗は急に恥ずかしくなって小さくなった。

 響より早い時期に入店したものの売上げにはかなりの差があり、悠斗はホストの煌びやかな生活からは程遠い苦ホストを地でいっていた。

 だからいつものコンビニ弁当じゃなくて機会があれば先輩ホストに飯を奢って貰うことが楽しみの一つ。

 しかも自分よりも数十倍も稼いでいる陸やオーナーと同格の彰光が一緒となれば昼からかなり豪華な食事だろうと勝手に想像してしまっていた。

「残念だなぁ……。今日の飯はコレ、もう冷めちまってるけど」

 彰光は苦笑いしながら持っていた袋を悠斗の目線の高さまで持ち上げた。

 それは誰もが馴染みのある牛丼屋の袋で中には持ち帰りのパックが三つ入っている。

 どうやら本当に自分の勘違いだったと分かると今度こそ悠斗は分からないと首を傾げた。

「それじゃあ……一体何で?」

「あぁ、これだよ」

 そこで陸が持っていた小さなバッグの中から取り出したのは携帯ゲーム機。

 響も彰光も色違いだが同じゲーム機を取り出して悠斗に見せる、悠斗はますます訳が分からなくなりパチパチと瞬きを繰り返す。

「俺たち、ゲーム仲間だから」

 三人は片手にゲーム機を持ちニッと笑ってみせる。

 それを写真で切り取ればまるでゲーム機の広告にでもなりそうな光景だった。

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