『-one-』

3days P6


 ビルの物陰に三人は身を寄せ合いながら息を殺している。

 それでも込み上げてくる笑いを抑えきれない陸は小刻みに肩を揺らし、いまにも声を上げて笑ってしまいそうなのを彰光の手によって口を塞がれている。

「くっそぉ……こっちの方に行ったと思うんだけどなぁ……」

 そんなぼやいた声が近付いて来る。

 道路に一番近い場所にいる響が二人を振り返り、通りの方を指差して来たことをジェスチャーで伝える。

 もちろん独り言にしては大きすぎる声は二人の耳にも届いている。

 三人は姿が見えるのを今か今かと待っていた。

「だいたい急に走り出したりして……もしかしてバレてたのかー?」

 それは三人の前に姿を現して緊張感も最高潮に達した時に呟かれた。
 
(バレバレだっつーの!)

 陸は可笑しくてジタバタと暴れ出すがそれを彰光の逞しい腕がガッチリと押さえつけている。

 息を殺す三人にはまったく気付かずにウロウロと歩くのは少し低めの背で明るい茶髪を無造作に立てて、喋るたびに見える八重歯が可愛い三人の同僚でもある悠斗だった。

 どうやら必死に探したらしくネクタイはだらしなく緩み息が上がっているように見える。

 それでも三人の姿を見つけようと必死に目をあちこちに走らせているがすぐ近くにいる三人にはまったく気付かないまま姿が消えた。

「やっぱり、アホすぎる」

 悠斗の背中を見送った響がボソッと呟いた。

 あんまりなその言葉にも笑いの止まらない陸を解放した彰光も込み上げてくる笑いを抑えるの必死だったらしく目元にはわずかに涙を浮かべていた。

「響ー、お前はもうちょと悠斗に優しくしてやれよー」

「それを陸さんが言いますか?」

 悠斗をまこうと言い出した張本人にそんなことを言われてと響は憮然とした表情をした。

 本を正せば響が悠斗に教えなければ良かった話、けれど響はそんなことも棚に上げ陸もまたそれについて非難することもなかった。

 何だかんだ言って「構ってオーラ」全開の悠斗は誰からも好かれる存在なのだ。

「ほんとお前達はヒドイね」

「先頭を喜んで走ってた人には言われたくないんすけど」

 自分は無関係だと言わんばかりの彰光に陸は冷ややかな視線を送り、狭苦しい物陰から通りへ出ると縮こまった体を伸ばすように両手を思いっきり伸ばした。

 ビルの間から見上げる青空はさっきよりも狭いが相変わらず気持ちのいい青空だった。

 けれどさっきまでの塞ぎこんでいた気持ちがなくなっていることに気付き、悠斗が怒ることは間違いないがいい気分転換になったことは間違いない。

 これでようやく本来の目的通り店に移動して……。

 陸が走って来た道を歩き出そうとすると遠い所から何を言ってるかハッキリ聞き取れない叫び声が聞こえた。

「あ……見つかった」

 振り返った陸がボソッと呟いた。

 出て来た二人もバタバタとうるさい足音の方に視線をやると苦笑いになった。

「な……っ……ん……っっ……か!」

 今度は逃げなかった三人に追いついた悠斗が肩で大きく息をしながらようやく立ち止まった。

 息を吸うたびにヒュッと変な音を立てながら途切れ途切れの言葉はまったく何を言ってるのか分からない。

 響は憐れみのこもっと視線を送り持っていたコンビニの袋からペットボトルを取り出して悠斗に渡した。

 それを奪い取り乱暴にキャップを開けて一気に半分ほど飲み干した悠斗、深呼吸を二回ほどしてようやく落ち着いたのか堰を切ったように話し出した。

「どうして逃げるんすか! 陸さんと響だけならともかく彰さんまでひどいっすよ! どうせ俺に言えないようなことしようとしてたんすよね! 俺ばっか除け者にしようたってそうはいかないっす! だいたい響も教えてくれるなら時間とか待ち合わせ場所とかちゃんと教えろよな! おかげでこっちはすっげぇ探すのに時間が掛かった……ってちょっとぉ!?」

 悠斗が片手にペットボトル、片手は拳を握り締めて熱弁を振るっているのにも関わらず三人はすたすたと歩き出している。

「あーーーっ、もぅっ!!」

 またしても置いてけぼりを暗いそうになり悠斗は慌てて追いかけた。

「陸さん、マジひどいっす」

「俺、男に追いかけられても嬉しくねぇし」

「報われない恋だったな」

 泣き出しそうな悠斗を陸が一言であっさり交わすとそれに追い討ちをかけるように響が悠斗の肩を叩いた。

「お前やたら陸の周りにくっついてると思ってたら狙いは陸のケツだったのかぁ」

「なっ!? 彰さん! そんなわけないでしょう! 俺の好きなのは麻…………ッ」

 飄々としている彰光の言葉に乗せられるようにして悠斗がそれを訂正しようとしたがハッとして慌てて口を噤んだ。

 だが時既に遅し。

 すごい形相で振り返った陸に逃げる間もなく掴まるとあっという間に情けない声を上げた。

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