『-one-』

3days P4


 蜂蜜色の髪は頭上から降り注ぐ太陽の光で透ける金色のようになり、青空の下には似つかわしい夜を感じさせる香りは体温でさらにその芳しさを増していた。

 黒いシルクのシャツの胸元は大胆に開かれ、首元を飾るシルバーのアクセサリーとシミ一つない肌を覗かせている。

 体のラインを綺麗に作り出すジャケット、袖口からチラリと見える光沢のある腕時計、足元には磨き上げられた靴。

 そのどれも高級そうに見えるが身に付けている男はそれらに負けることはなかった。

「残念だな……」

 そういって伏せた長い睫毛の向こうには愁いに染まる瞳。

 同じような巻き髪と同じような服を着て同じようなハイヒールの二人組みはさっきまで妙なテンションではしゃいでいたのをピタリと止め目の前の男に見惚れていた。

 三人の間に短い沈黙が流れる。

「俺、これからどうしても外せない用があるんだけど……もし予定ないなら夜とかどう?」

 声を掛けたはずの二人も思いもしなかった男からの誘いに顔を見合わせ目を輝かせた。

「ない、ぜっぜんない!」

「そう? といっても俺の仕事場でもいい?」

「仕事場ー?」

「そう、ここ」

 そう言って胸ポケットから黒いケースを取り出し慣れた手つきで小さな長方形の紙をそれぞれに手渡す。

 二人がそれぞれ視線を落としてからおよそ三秒。

「ホストー!?」

「そう、この先の店。来てくれたらサービスするし、もちろん俺が付くけど……俺よりも気に入った男がいたらそっちでも構わないよ。でも……俺なら二人とも楽しませてあげられるけど?」

「行くー! 絶対行くーーっ!」

「じゃあ待ってる。また、会えるのを楽しみにしてるね」

 二人が満面の笑みで再び妙なテンションではしゃぎながら去っていく、何度も振り返る二人に向かって涼しい笑顔を貼り付けて小さく手を上げて応える。

 二人の姿が地下に消えると張り付いていた笑顔はスッと消え代わりに浮かぶ満足気な笑み。

 もうかれこれ三十分近くこの場所に立っていたおかげで面倒なのに引っ掛かったと最初は心の中では舌打ちをした。

「ご新規様、ご案内ーっと」

 久々に新規の客を獲得できそうな陸は小さく呟くと蜂蜜色の髪をかき上げて眩しそうに空を見上げた。

 気持ちのいいほど雲一つない青空なのに心の中はどんよりと曇っている。

 ジャケットを着て外にいても苦になることのない季節、でもやはり陽射しに長時間晒されていると不快指数は少しずつ上昇していく。

 それを少しでも紛らわそうと普段なら絶対しない営業活動までしてしまった。

(あーぁ、今頃麻衣は何やってんのかなぁ)

 同じ街の中にいるはずだろうけどその中で偶然すれ違うことは奇跡に近い、それでも自分達なら出会えるんじゃないかと人通りの多い通りへと目を向ける。

 相変わらず週末のココは人が多い。

 立ち並ぶデパートの紙袋やブロンドのロゴの入った紙袋を下げた人たちが足早に通り過ぎていく。

 両側を道路に挟まれた緑の多い公園では聞き取りづらい音楽が聞こえて来た。

(つーかマジで遅ぇ!)

 さすがに待ちくたびれて催促の電話でもしようと携帯の入ったポケットに手を入れると近付いて来た気配にその手を抜いた。

「可哀想ですねぇ、あの子達。本人がテーブルにつくのはほんの一瞬なのに」

「見てたのかよ」

「えぇ。でも物思いに耽った色っぽい表情してたのでもう一組くらい釣れるんじゃないかと思って隠れてました」

 そう明け透けもない言い方をしながら近付いて来るのはメタルフレームの眼鏡、黒髪、シンプルなスーツを一見若いビジネスマン風の男。

 けれど彼もまた陸と同じ店で働くホスト、陸に次いで売上げを上げている響だった。

 普段は冷たい印象のレンズの奥の瞳も今は柔らかくなっている。

「色っぽいってお前ねぇ……」

 それが冗談と分かっていても陸はやはり気に入らなくて不満を漏らした。

「いや、マジで! 男の俺でも一瞬ドキッとしたって!」

 そう言いながら割って入って来た男の顔を陸は見上げた。

 顎に髭を生やし肩まである髪は後ろで一つに括っている、薄いブルーのサングラスの向こうに見える瞳は少し垂れ目。

 シンプルな白シャツに黒のパンツという二人よりもカジュアルな格好をしている。

 人懐っこい笑顔で不貞腐れた陸の肩に手を回した男は宥めるようにポンポンと肩を叩いた。

「彰さんまで……ったく」

 陸は諦めたように嘆息した。

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