『-one-』

3days P3


 少し心配そうな様子を窺うような声に陸は少しだけ良心が痛んだ。

「麻衣……」

「ん? なーに?」

「俺とも……一緒に行ってくれる?」

 情けなさはいつもの三倍、それでも「行くな」とは言えなくて苦し紛れに出た言葉。

 陸は見栄も外聞も忘れたように、捨てられた子犬のような瞳で麻衣の顔を覗きこんだ。

「陸?」

 不思議そうに首を傾げる麻衣、けれど考え事をしているような表情をした後にパッと破顔した。

 自分の情けない顔を映した麻衣の瞳が優しく宥めるような色を見せる、そういう表情をする麻衣に出会うたびに自分がどれほど子供っぽいかということを自覚させられる。

 けれど今さら取り繕うとしても遅かった。

 麻衣の少し小さめの手が寝癖のついた髪の上を滑るように動く。

「何……俺、慰められてんの?」

 子ども扱いされてるのはやはり悔しくてワザとムッとした声になるけれど、それすらも麻衣はお見通しで手が止まることなく髪を梳くように動く指は陸の心の凝りも解いていく。

(いつだってカッコよくいたいのに……)

 麻衣の前では完璧なカッコイイ男でいたい、年下とかホストとかそんなことに引け目を感じないくらい。

 それでも心の奥底では弱い自分も情けない自分も晒せてそれを受け入れてくれること、言葉には出来ない安堵感を同時に感じている陸はこういう時いつも複雑な思いだった。

「ううん、可愛いなぁと思って」

「男に可愛いは褒め言葉じゃないっていつも言ってるのに」

 麻衣の穏やかな声。

 まんざらでもない声で返した陸は髪を撫でていた麻衣の手を掴まえる。

 引き寄せた麻衣の指先に優しいキスを落とす仕草は外国の王子そのもの、麻衣は優しく触れるだけの陸の唇を受け止めながら嬉しそうに目を細めた。

「連れてってくれるんでしょ?」

「…………」

「最初に約束してたのは陸だったのに、忘れててごめんね」

(こういう時の麻衣は本当に大人だ……)

 いつもは頑固なところばかり見せるのに、自分が悪いと思っている時の引き際は本当に潔かった。

「ズルイ……」

「何が?」

「そんな風に言われたら、俺……何にも言えないじゃん」

 ふて腐れる陸の頬に麻衣がキスをする。

 そんなことをされたらますます子ども扱いだ! と言いたい陸だったがそれ以上は口を開かずに手を伸ばして麻衣の顔を引き寄せる。

「んっ……」

 何をされるのか分かっていたかのように麻衣も体を屈める。

 体を半分起こした陸は麻衣の髪の中に手を入れ、柔らかい唇をついばむようにキスをする。

 小鳥のようなキスが少しずつ深くなると陸は麻衣を引き寄せる腕に力を入れた。

「ダーメ!」

 麻衣が両手をベッドについてそれ以上倒れないようにと踏ん張っている。

「なんで! 今日は土曜日じゃん」

「準備して出掛けなくちゃいけないから。じゃあお昼の用意してないけど、ごめんねー」

 晴れた朝に相応しく爽やかな笑顔と共に陸の腕は解かれた。

(引き際が良すぎるんだってば……)

 一人残されたベッドの上で陸はガックリとうな垂れてそのまま不貞寝をすることに決めた。

 そして気が付けば麻衣の姿はなく時刻は十一時を過ぎていた。

「もしかしたら……倦怠期か? 最近ほんと何もないからなぁ」

 穏やか過ぎるほど穏やかな幸せは二人の関係が順調な証拠、だがそれは時に退屈を感じてしまうこともある。

(刺激でもあればな……)

 そんなことをチラッと思いながらぽっかり空いてしまった日中の予定を埋めるため携帯に手を伸ばした。

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