『-one-』
3days P2
一方、ホストらしからぬ言動と行動で麻衣を溺愛している陸はというと……。
「――で、飯どうすんの? あ? あぁ……じゃあ俺の分も頼むわ。飲みもんと菓子もな。んーまぁ、別にいんじゃね? おぅ! じゃあ後でな!」
軽やかな声で電話を切り上げた陸はうつ伏せになると顎を枕に埋め込んで携帯の画面に視線を落とし時間を確認する。
午前十一時を少し過ぎたばかり、一般的には遅い起床時間もホストをしている陸にとってはなかなかの早起き。
もう少し眠れる時間はあるのに眠る気にはなれなかった。
「ちぇっ……つまんねぇの」
つい口に出してしまった本音に空しさは増しただけだ。
少し拗ねた顔でゴロリと寝返りを打った陸は空っぽの自分の左側をチラリと見た。
今日は土曜日でいつもなら手を伸ばせば触れられて名前を呼べば返事を返してくれる、誰よりも愛しい自分の恋人が今日はそこにいないことに陸の口はますます尖っていく。
(ちいせぇ……クソッ!)
頭の中の一番理性の強い自分が情けない自分を叱咤する。
だがそんなことで気持ちが持ち直すこともなく、陸は布団を引き上げるとモゾモゾと頭からすっぽり被った。
別にイジケてるわけじゃないんだと自分に言い聞かせながらもブツブツと口の中で文句を言う。
「きっと麻衣の愛情は俺より少ないんだ」
麻衣が聞いたら間違いなく憤慨するセリフ、居ないのをいいことに恨めしい声で呟いて思い出すのは今朝の麻衣との会話。
「えっ!? なに?」
麻衣の起床とともにボンヤリと覚醒して心地良いまどろみの中にいた陸は頷きそうになった顔を慌てて上げた。
「だからね、今日は美咲とデートだからお昼と夕飯は外で食べてくるから陸もたまにはみんな連れてご飯食べに行ったら?」
「なに、それ! 聞いてない」
「二、三日前に言ったでしょ? 美咲と出掛けるかもって……」
(そう言われれば……)
そんなことを言われたかもしれない、くらいの記憶しかない陸は素直に頷けなかった。
「昨日の夕方に電話があって一日空けられたっていうから今日は買い物とか……時間があったら映画見に行きたいなぁ」
体を起こした麻衣が嬉しそうに胸の前で手を合わせる。
今日一日の予定を立てる麻衣の横顔がいつになく嬉しそうに見えた陸は一気に脱力して顔を枕に伏せた。
(なんだよ……そんで俺の飯はナシかよ)
問題はそこじゃないことの自覚はあった。
けれど友達との予定にまでヤキモチを妬くようなみっともないことは出来なくて、無理矢理こじつけた理由はかなり子供っぽい拗ね方で変わりはしない。
二人でゆっくり過ごせる麻衣の休日はとても貴重なんだからもっと大事にしてくれたっていいのに……陸は声には出来ない思いを口の中で何度も呟く。
「それでね! この前新しいイタリアンのお店が出来たって言ってたでしょ? そのお店の場所教えて?」
「…………い」
「え、なに?」
枕に顔を埋めたままの陸の声は麻衣の耳までは届かなかった。
明るい声で聞き返された陸はムッとして、無視を決め込もうとギュッと口を噤んだ。
(誰が教えてやるか。俺が連れて行こうと思ってた店なのに……)
その役目を取られてしまうのはたとえ心の狭い男と言われようが悔しいものは悔しい。
初めての場所・モノを目にした時の麻衣の驚きから喜びへと変わる表情は自分だけが独り占めしたい、大人びた口調で年上ぶる(実際八歳年上だが)麻衣が子供のように表情をクルクル変える愛らしさに気付いてからはよりそう思った。
「陸ー?」
耳のすぐそばで麻衣の声がする。
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