『-one-』
3days P1
これから起こることが予知出来たら?
何かあるたびにそんなことを思う。
けれどそれは不可能なこと。
だから人は「○○すれば良かった」と後悔と反省を繰り返すのかもしれない。
けれど幾度となく後悔と反省を繰り返しても、突発的で第三者からもたらされるそれらは回避出来ないし、もちろん予知能力でもない限り自分に起こることなんて分からない。
「ごめん! 私の方から誘ったのに」
美咲は顔の前で手を合わせると何度も何度も頭を下げた。
そのあまりに必死な姿に麻衣は笑いながらもう何度も首を横に振っている。
「仕事なら仕方がないでしょ?」
いくら麻衣がそう言っても美咲は「でも……」といつも綺麗な眉をハの字に曲げ、少しだけ苛立った様子で唇を噛んだ。
麻衣はそんな風に思ってくれる美咲の気持ちだけで十分嬉しい。
美咲は小さいながらも会社を経営している社長、ホストクラブで遊んでばかりいるように見えるけれど実は自分の時間などないくらい仕事中心の生活を送っている。
その美咲が麻衣の休日に合わせて時間を作ってくれ、久しぶりに二人で食事と買い物を楽しんでいた。
だが昼食を食べている最中に掛かってきた一本の電話で今に至る。
何とか自分が行かなくてもいいようにと何本も電話をしていた美咲、けれどすぐに状況の分からないことに歯痒さを感じていることを手に取るように分かった麻衣が背中を押した。
「この埋め合わせは……んー美味しい物奢ってもらうから!」
ワザとそう明るく言うとようやく美咲の顔に少しだけ笑顔が戻った。
もう一度パンッと顔の前で手を合わせた美咲が頭を下げる。
(もう……そんなに謝らなくてもいいのに……)
親友の律儀な姿に呆れながらも、心の奥が温かくなった麻衣もまた自然と口元に笑みを浮かべた。
「久しぶりにoneに行って陸くんをからかいたかったのに……残念ッ!」
「はい?」
ちょっとホロッと来ていた麻衣は美咲の言葉で一気に脱力した。
(親友よりホストですか……)
「今度は絶対、絶対、ぜーーーったい一緒に行こうね!」
「ハイハイ……ほら、早く行って?」
「ごめん! 絶対埋め合わせするからねっ!」
美咲は麻衣に何度も謝りながら車道に出てタクシーを捕まえると慌しく乗り込んだ。
タクシーに乗り込んだ後も振り返り手を振る美咲を見送り、角を曲がって見えなくなると麻衣は小さくため息をついた。
(やっぱり、お店に行くつもりだったんだ……ね)
今いる場所からその店まで歩いて二十分くらい、午後二時を過ぎたばかりでは店が開いているはずもないが……。
美咲の言う『one』はホストクラブ、そして陸はその店のナンバーワンホストであり、麻衣と一緒に暮らす八歳年下の恋人。
もちろん今日も仕事の予定で数時間もすればホストの顔をしてこの街を歩き店に向かうだろう。
(そういえば……最近ホスト姿って見てないなぁ)
付き合い始めた頃は陸にせがまれたこともあってよく店に通っていた。
けれど一緒に暮らすようになってからは、店に客として訪れることはほとんどなくなってしまった。
決してホストクラブで遊ぶことに味を占めたわけではないけれど、あの楽しい空間に行かなくなったことをほんの少しだけ残念と思っていることは陸には内緒だ。
そんなことを言おうものなら「浮気だ」「俺より他の男と遊びたいんだ」と騒ぎ立てかねない。
とてもナンバーワンホストのセリフとは思えないが、これが店のトップシークレットの一つ。
絶対お客さんには言えないナンバーワンホストの実態だったりする。
「どうしようっかなぁ……」
道端でポツンと一人残された麻衣は呟いた。
急に一人になってしまいこのまま帰ろうかとも思ったけれど、少し考えてから最初の予定通り午後は買い物をすることに決めた。
この時の決断を嫌というほど後悔することに、この時はまだ気付くはずもなかった。
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