『-one-』

赤いシルシ P6


 深夜のマンションはとても静かで、ハイヒールの音がやけにエントランスに響くように感じる。

「大失敗だなぁ……」

 エレベーターに乗り込むと本音がポロッと零れる。

 最初の予定では今頃は二人で仲良くタクシーの中……だったはずなのに。

 エレベーターの窓に映る自分の姿を見ると余計にため息が出る。

 まるで別人の華やかな化粧をしているのに情けない表情をして台無しにしまっている。

 早くお風呂入ろう。

 厚塗りの化粧が気持ちをさらに重たくしているような気がして真っ赤な口紅を手の甲で拭った。

 静かにエレベーターが止まり廊下を歩く。

 なるべく音を立てないようにしたいけれどコツコツというハイヒール特有の音が壁や天井に跳ね返ってこだまする。

 その音がすごく耳障りでまたため息が出る。

 こんなことなら大人しく年賀状でも作っていれば良かったかな。

 部屋の前に立ち大きくため息をついて鍵を開けて部屋に入ると帰って来た安堵感でさっきよりも大きく息を吐き出した。

「ただいま……」

 誰もいなくても習慣になっている言葉を小さく呟く。

「おかーえりっ」

「――――!?」

 ドアの方を向いて鍵を閉めていた私は後ろから聞こえて来た声に体を大きく震わせた。

 う、嘘……。

 最初は幻聴かと思った。

 でもパタパタとスリッパの音が近付いて来て、今は真後ろに人の気配を感じる。

 もちろん泥棒とか侵入者のはずもない。

「おーかーえーりっ」

 その声は耳のすぐ側から聞こえて来る。

 体には触れていないけれど視線も吐息も敏感に感じ取れているのに振り向けない。

 本当なら振り向いて腕の中に飛び込みたい気持ちでいっぱいなのに、それが出来ない歯痒さで私は俯いた。

「どうしたの? ドアと睨めっこ?」

「え、えっと……あの……」

 何の言い訳も出てこない私は同じ言葉を繰り返すばかり。

 どうしよう……。

 恥ずかしいのと情けないのといつもの優しい声を聞いた安心感で涙腺はみるみるうちに緩んだ。

「もうちょっとだけ……こうしてよっか」

 コートの上から私を抱きしめた陸がソッと呟いた。


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