『-one-』

赤いシルシ P5


「麻衣、大丈夫?」

 タクシーの中で窓にもたれて外を眺めていると美咲に声を掛けれた。

「大丈夫。そんなに酔ってないから」

「……そうじゃなくて」

 そんなことは聞いていないと美咲の表情が歪む。

 店を出たのは今から十分くらい前。

 閉店間際くらいまでいたけれど陸はあの後一度も顔を見せには来なかった。

 でも見送りくらいは来るかもしれないと期待をしていた私はコートに手を通しながら陸の姿を探した。

「良かったらこちらをお持ち下さい」

 二人に差し出されたのは紙袋。

 中には小さな陶器のポットに何かの植物が植わっている。

「これは?」

「陸からのクリスマスプレゼントです。ご指名頂いたお客様だけに」

「ハーブ?」

「ワイルドストロベリーとかいうらしいです」

 たどたどしくこの植物の名前を教えてくれた。

 陸らしいなぁ……とクスッと笑ってしまう。

「それで……当の本人は?」

 あまりこういう物に興味のない美咲が自分の分を私に渡しながら声を掛ける。

 聞いてくれて良かった……。

 私もずっと探しているけれどちっとも姿が見当たらない。

 するとフロントにいた子達が気まずそうに視線を合わせながら代表の子が口を開く。

「申し訳ありません。お見送り出来なくて申し訳ないとのことです」

「店にいないの?」

「それが……そのぉ……」

「はっきり言いなさいっ!」

 互いに顔を見合わせるばかりの若い子に苛々したのか、美咲は大きな声を出してカウンターを平手で叩いた。

 ヒッと短い悲鳴を上げながら嫌な役を押し付けあうように選ばれた一人が一歩前に出る。

「もう別のお客様と……」

 帰っちゃったんだ……。

 私達は言葉少なに店を出てタクシーを拾った。

 タクシーに乗ってからも無言の私を見る美咲の顔はきっと私と同じ表情をしているかもしれない。

「アフターがあるのはすっかり頭から抜けてたよねぇ?」

「私の前で無理しなくていいから。それより……陸クンとケンカにならない? 大丈夫?」

「アフターくらいでケンカしてたらホストの奥さんなんかになれないよ。大丈夫!」

「本当に? でもそんな泣きそうな顔して……」

「ほんと大丈夫だから! 心配しないでって」

 タクシーを下りて扉が閉まるその瞬間まで美咲は心配そうに何度も声を掛けてくれた。

 それでも私は最後まで気丈に笑顔を見せてタクシーを見送った。

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